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110608 運転免許交付 村田家に移動 シシ神の森 村田の最近の酒のノリの良さ

さて、時間を潰す必要に迫られた私が選択したのはなんであっただろうか。


実はこの日までなかなか免許をとらなかった理由として、二俣川から二駅先にある村田の家に遊びに行くのに都合のいい日に合わせていたというのもある。そう、この後、村田の家に遊びに行く予定であったのである。とすれば、予定を変更し、村田に二俣川に来てもらって、時間を潰せばいいではないか。そこで早速村田を呼ぶ。



村田「はひ?(寝起きのようである)」


私「二俣川に来て」




村田「行くわけないだろバカだなぁはいさようならむかっ


ガチャンッ




おお。これが友達に対する態度であろうか。



このような扱いから、最近私は村田との付き合いに関して不安に思うことばかりである(笑)。私は結局1時間iPodにおとしたオール阪神巨人の漫才動画を見ながら、しょんぼりと時間を待った。





ようやく免許を交付され、悦びに舞いながら、村田の家に向かった。



さて、世の中には、対義語同士がくっついて、一つの熟語を作り出すものがある。



大小



進退



矛盾





しかし、一番「矛盾」と言うべき熟語があるのをご存じだろうか。うむ。紹介しよう。








緑園都市(笑)




そう、それが村田の家がある町の名である(笑)




村田家は緑園都市という広大な僻地に建っている


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(村田家は地震の影響で家の右側がバキバキであるw)




緑園都市は東急が開発した多摩・田園都市(今の田園都市線が走っている辺りである。言わずと知れた高級住宅地である)に対抗して華の相鉄グループが泉区を開発した結果、都心から離れすぎて発達しなかったという(笑)、あまり詳しくは追求してはいけない楽園となった。



そして相鉄は「誰かこっち来てよ(joinus! joinus!)あせる!」と焦ったという(わかる人にはわかるネタ)。




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(村田家は個々の部屋が広い。階段なんか肩組んで上がれるほどだ。)



最初は村田家でぺヤングをご馳走になったが、「映画観よ」といってDVDを流した村田が、直後にオチを全部言うという蛮行に出たので、見るのを止め、村田のお母さんにチョコバウムクーヘンをおやつに頂いて、部屋で食べた後、外に出ることにした。帰り際に村田のお母さんに盛んに「夕飯食べてって」と言って頂いたが、むらたんが「そういうのいいから、横浜行くからガーン」と断り(よくあるママの親切に恥ずかしがる思春期の照れである)、夕食はご馳走にならなかった。村田のお母さんは村田のためにお料理教室に通うほどのかわいがりようで、村田の奥さんになろうものなら恐らく凄まじいいじめに遭うだろう(笑)。きっと「あら、圭佑ちゃんはそんなに煮込んだお肉は好きじゃないのよ。流動食かこのアバズレ」とか言われるのである(笑)。なにせあの「よーこーはーまーそーごーぅ」の声を担当しているお母さんである(あれ?違ったっけw?)。そんじょそこらの女性では勝てないだろう。





家を出てから散歩がてら村田の家から5分の公園に行った。遊具は懐かしいシーソーやブランコが揃ってる至って普通の公園である。…一点を除いては。




右を向いた時である。あの曲を聴いたのは。







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張りつめた弓の~震える弦よ~





あれ?あれれ??なんか、変な歌が聞こえて来たぞww?






もう一度見てみよう。








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もののけ~たち~だけ~

もののけ~たち~だけぇ~







諸君、ここはもはや横浜市ではない。





シシ神の森である。


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シシ神よ!!首をお返しするぅ!!


鎮まりたまえぇぇぇぇぇぇええええ!!!



村田「うるさいからやめて!!!」



思わず声に出してしまう大自然である(笑)。



日が暮れてきたので、この日は横浜に移動して、金蔵でお酒を酌み交わした。偉いのは村田はお酒が決して強い方ではないが、ノリをきちんと理解して、お酒をきちんと飲むことである。しかもぐでんぐでんに酔ったところでも「ストライドのCMってどんなんだっけ?」とフれば



村田「あれ~このガムいつから噛んでたっけ~?えへへへ」



とセリフまでサービスしてくれた後、頭をブンブン振ってくれる。是非お試しあれ。

110608 イネナガ免許を取る(後日編) 全日本無愛想さんグランプリ 時間を潰さねば

6月8日、私は二俣川にいた。この街は特に行く用事ができるような街ではないのだが、この街は、他の神奈川県の地と違い、神奈川県民のほとんどを一度訪れさせることのできる特徴を持っていた。



そう、神奈川県の免許交付はこの地で行われるのである。







もう横浜でやってくれよ!!相鉄しんどいよ!!!


時間に合うように、二俣川まで向かい、そこからさらにバスに乗って、山の上にある免許試験場まで行く。前にも書いたが、合宿免許は仮免許と、実技試験まではやってくれるが、最後の最後の筆記試験はやってくれないので(もちろん筆記試験に受かるための知識をつけるところまではしてくれる)、ここで、最終試験(筆記試験)に臨まねばならない。知識もあるのだから、受けて受かればいいのだが、合格点は90点だし、問題はそこかしこにひっかけてくるようなものなので、実力に関係なくひっかかることもある。そこで失敗したら、またここまで来なければならない。そうなってしまえば目も当てられないではないか。私としては軽い参勤交代気分でここまで来ているのである。ちなみに、なぜ私が間を空けて試験を受けに来たのかというと、運転免許を更新する期限が「3回目の誕生日」であることに起因する。注意すべきは「3年目の誕生日」でないことである。私は4月の終わりに合宿に行ったのだが、5月10日に誕生日を迎えると、10日弱でいきなり1回目の誕生日を消費してしまうのである。そのため、誕生日を終えるまで待つ必要があったのである。



もしも落ちたらどうしようと、ドキドキしながら、まるで飾り気のない、図書館や市役所のような、いかにもお国の建物と言ったような、試験場に入る。中はだだっ広い広間という感じで、壁という壁にいくつもの受付があり、あちらこちらで人々が各々の用事を済ませている。はっきりいって、どこに行けばいいのやらさっぱりわからないという感じである。試験の時間も近いし、こんなところで無駄な浪費をしても仕方がないから、さっさとサービスカウンターチックな所へ行って、聞いてしまうのが最善の方法だと判断し、総合受付に行く。



私「あのーすみません。免許試験の…」


おばさん「何しに来たのむかっ?」


私「え…?」


おばさん「だから何しに来たのむかっ?」




……






いやおかしいおかしいw!!


なんでいきなりこんな言われ方をされにゃならんの(笑)?




これは実は「本日はどうされましたか?」という意味であったらしい。プレロジカルな日本語では「いきなり人に頼ろうとして、あんた、何しに来たの?やる気あんの?あんたが自分のために取りに来たんじゃないの?あんたが運転するんじゃないの?自分で考えなきゃいけないんじゃないの?」という意に捉えてしまうような程、攻撃的であった(笑)。なるほど、サービス業じゃないからね。別に気を遣う必要ないからね?うん、確かに。




いやおかしいおかしいw!!


それでも初対面で「何しに来たの?」はおかしい!!お前はお母さんか!!




しかし、諸君。これはただの序章であった。この免許試験所は「全国無愛想さんグランプリ」上位入賞者を集めたのかというくらい、恐ろしく感情のない人間の集まりであったのである。




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(運転免許試験場)



写真を書類に貼って、書き込み、印紙を貼って、受付を済ませる。すると無表情なおじさんが出てきて、「はい。ここにあご乗せて。」といきなり視力検査をされ、「はい、ピンクの線をなぞっていって。」と床のビニールテープを指さし、どこかに消えてしまった。カタツムリのようにひたすらビニールテープをなぞって行くと、部屋を出て、それでもピンクの線は続き、気が付くと、建物は学校のようになっていて、ちゃんと教室もある。わが母校の小学校と床や壁のデザインがほぼ全く一緒であったことから、築40年くらいの建物なのだろう。机も小学校の机で、ぼろっちい図工室みたいな部屋が受験部屋である。


平日の昼間なのに、試験会場はいっぱいである。そしてかなりの要領を誇る大図工室がいっぱいになった頃に、試験が始まった。



肝心の試験内容であるが、問題集の難問集を見ていると全然点数が取れずに萎えるものであるが、問題のレベルは平易なものも難問も同じ割合でであるので、そこまで気にする必要はない(難しいレベルがドサドサでることはない)。それこそ「運転者は歩行者に気を付けて運転をしなければならない」レベルの問題もちゃんと出題されるので、安心してほしい。



試験終了後は何十分か待機させられる。仕方がないので食堂に行った。食堂では既に受けた人が、「いや、今日は落ちてるよ?でも前回が60点で、今回が70くらいだから。」と何故か自慢げに隣の人に開き直っていたのが印象的であった。私はもちろん無視して、カウンターでカレーうどんを注文して、食べてみた。








マズイ(笑)。




もう本当に利潤を追求する環境にないと、うどん麺にカレーをかけることすらできないのである(笑)。しかも高い。もはやグ○ーンプラザを思い出す不快感である。




不愉快感を露わにしながら、食器を返却し、再び広間に戻る。その頃には、さっきの開き直ってた男が、開き直りすぎて、「俺、むしろ日本語読めない気がするんだよね」と、隣の人に得意気に自慢していたので、「じゃあ英語版の試験を受けたらどうですか。」と忠告したかったのを我慢した。すると、丁度合格発表の時間であった。ビーガルくんの不愉快な映像が何度も出て、「まもなく合格発表です」と表示はされているのだが、なかなか番号が表示されない。やきもきしながら、ジッと見つめる。無限にも感じるような瞬間である。と、次の瞬間




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1 2 3 4 5 6 9 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 23 24 25 27 29

31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 47 49 51 53 54 55

56 58 59 60 61 62 63 64…




おおおおおおい。いきなりかよ!!!




鮫洲で受けたトヨナガ曰く、鮫洲は受験者の配慮として、ランダムに数字が出て、最後の最後まで希望が持てるようにしてあるらしいが、こちらは数字の表示も無愛想である。ものすごいスピードで数字が表示されていった。私の受験番号はと言うと、025であった。慌てて掲示板を確認すると…





うかったぁぁぁぁぁあ嗚呼あぁぁぁぁぁ!!!!




点数は96点であった。おお、受けてみれば意外とこんなもんである。暗証番号を発行し、早速2階に行き、合格者だけが入れる部屋へと案内される。




私「えっと、免許の」



おば「こっちむかっ



もう、なんなんだよここは。



その後、ちょっと偉いおじいちゃんが、初めて感情をもって我々に接してくれた。「合格おめでとうございます。これからは楽しいドライブライフですね。」と笑顔で接してくれた。これを毎日のようにやっているのだと思うと、本当に頭が下がる。




ところが、その後、安全協会からのお知らせということで、さっきのおばちゃんがまるで「寿限無寿限無五劫の擦り切れ海砂利水魚の水行末雲来末風来末食う寝るところに住むところやぶら小路の…」というノリで(いや本当に)、文言をほとんど息継ぎもせずに、10分以上に渡って一気に読み上げる。二俣川で免許交付を受ける神奈川県民の方、これは見ものである(退屈だが)。


その後、写真を撮りにスタジオまで列になって歩かされた。ここで撮る写真が免許証の3年間の写真になるので、大事なのである。しかし、なめてはいけない。ここは全日本無愛想さんグランプリの集まりである。



おば「カード入れてください抜いてください座ってください顎引いてくださいガシャッ終わりですカード入れてください抜いてください座ってください顎引いてくださいガシャッ終わりですカード入れてください抜いてください座ってください顎引いてくださいガシャッ終わりですカード入れてください抜いてください座ってください顎引いてくださいガシャッ終わりですカード入れて」


出たよ寿限無(笑)。




何十人もいる合格者の列を一瞬にして捌いていくのである。レシートのような紙をバーコード読み取り機に入れて(整理番号を表すのだと思われる)、読み取り後抜いて、イスに座り、顎を引いて写真を撮って、移動。普通であれば少なくとも1分はかかりそうな動作を20秒以内で捌く。たとえここで間抜け面をしていても、法的に問題がなければ(髪が目にかかっているなど)撮り直しは許されない。ここに行く人があればこれも是非見てきてほしい。私は幸いかなりマシな写りであったが、マサトは撃沈していた(笑)。



その後、免許交付まで1時間ほど待たされる。この時間がなんとも辛い。この真っ白で無機質な建物で1時間を潰す手段がないのである。



さて、この時間をどうやって潰そうか。ここから先は後半へ続く(笑)。






110828 更新再開のご挨拶 この間にもいろいろなことがあった 

え~更新が大変長きにわたり滞り大変申し訳ない。

いろいろな事情が重なり、更新をすることができなかったのである。



理由はいくつかあり、まず一つは純粋に多忙であったこと。



確かにトヨナガと関西に旅行にも行ったが(これに関してはまた記事で詳しく)、一番の理由はそこではない。



この夏休み、私は再び教壇に立ったのである。



担当学年は高3(笑)。私の担当講座は英文法語法講座、後コマの読解講座の担当は驚くことなかれ、なんとトヨナガである。おお、なんと贅沢な講師陣であろうか(笑)。2クラスを担当し、前コマが私のところは後コマがトヨナガ、前コマがトヨナガのクラスは後コマが私である。




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(イネナガの英文法語法講座)


実を言えばこの講座は大いに評判が良かった。アンケートも大変反響があり、改めて生徒の学習意欲の高さに驚かされた。やはり授業は集団、こうでなくっちゃというわくわく感を思い出させてくれて、大変嬉しい講習であった。このブログでは仕事の内容を詳しく書くことはしないので、ここまでで精一杯であるが、これにより私は多忙を極め、結果更新を行うに至らなかったのである。





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(トヨナガの私大英文読解〈基礎〉講座)



2つ目の理由として、再びそういった立場になったことで、少し嬉しくて、少し怖い、そしてかなり驚くべき困った事件が起こった。それに関しても詳しく書くことはできないが、それによって、ブログの過去記事を一部改編せざるを得なくなった。トヨナガがカタカナ表記になったのも、そういった事情からである(今後彼が漢字表記になることはないw)。内容に関してはその辺から察してもらうか、直接聞いてほしい(笑)。



これからは更新の余裕が出てきたので、できうる限り時間を見つけて更新をしようと思う。離れてしまった読者の方々には大変申し訳なかった。離れずに見に来てくれていた方々にはさらに申し訳ない。今後はできる限り話を進めていきたい。ただ、もしかするとこれからの記事に公開制限(アメンバー限定記事)がかかる可能性もある。「必ず記事が読みたい」という奇特な方は、是非今回を契機に申請をお願いしたい。



さて、次回は、私が免許発行をしてもらうついでに村田家に遊びに行く話、さらに横木が遊びに来る話と続いていく。この間にもたくさんの面白いことがあった。この記事がリアルタイムに追いつくその日まで、よろしく見守っていただきたい。それでは次回の記事でお会いしよう。 


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(ing形・p.p形は絶対にVにならない!の話)

110601 風風亭で飲み会 村田・相座・上総・岡本登場 酒乱の一味 むらたんもしもしー 

こちらでもついに梅雨が明けた。場所によってはセミが鳴き始めたところもあるようだ。いよいよ夏である。どうでもいいかもしれないが私の今年の目標は「ヒグラシの声を聞く」である。あの夏の夕暮れに聞ける「カナカナカナ」という鳴き声を久しく聞いていない。ヒグラシは街中にはおらず、山の深いところに生息するために、都会にこもっていてはなかなかお目にかかれないのである。そのため私は自然深き所に居なくてはいけないのだ。



そう、ひぐらしのなく頃に(笑)




これ以上なにか口走るのは、私がこの作品をまだ読んでいないことを露呈してしまうことになるので(笑)、差し控えさせていただいて、とりあえずこのブログは記事が梅雨に入ることを目標にやって行こう。忙しくてなかなか更新できないので、ついに大学のパソコンルームで皆がレポートやプレゼンの資料を必死に書きあげている中、横でカシャカシャカシャカシャブログを更新するという気まずいことをするようになってしまった(笑)。おお、人間失格である(笑)。今横で学生が「800字とか無理だろー」「俺1500字書いたんだけど」「まじで?どうやったらそんな書けるの?絶対“優”だろー」などと言っている。



俺なんか毎回平均4000字だ!!



ちなみに今回は5800字である(笑)。月あたりにすれば40000字をゆうに超える。こちとらレポートどころかもはや文庫本規模で書いているのだ(笑)。諸君もブログをやってみたまえ。大学のレポートなんか「あれ?これだけでいいのかな?」と思えてくること請け合いである。その代わり1500字程度じゃ話がまとまらなくなるが(笑)。さて、話を戻すと我がレポートには前々回に相座、前回に村田が登場したが、今回はその二人が再登場、さらに新しい人々も登場する。前回の記事から半月後、6月の頭の事である。



私はその時スターバックスにいた。いや、詳しく言えばその時もスターバックスにいたということになろうか。私は時間割が恐ろしいくらい不自由なせいで、一週間の空き時間をほとんどスターバックスで過ごしている。数えてみると、授業時間のコマ-スタバにいるコマ=1コマだった。半分半分なのである。友達には「これからスタバキャンパス?」と言われ、その内〝タバキャン”と略されるようになり、ついに「呑みサーなんだね」などとまで言われるようになった(笑)。そしてこの頃は私はコーヒーのオーダーが異常に上手になった(最近のお気に入りはパーソナルエクストラソースエキストラホイップトールキャラメルフラペチーノであるw)。私は苦いコーヒーは苦く、甘いコーヒーは甘く派なので、暑くてすっきりしたいときはドリップコーヒーをアイスで飲むが、疲れて甘いものを欲している時はとことん甘いのが飲みたいので、注文の仕方を覚える必要があるのである。ただもちろん自分が注文するときに今みたいな用語でするようなことはしないので、「やってみせてよ」などと言うことのないようお願いしたい(笑)。



私がスターバックスでひねもすのたりのたりと(金曜日は8時間とかw)過ごしていることを知っているので、私の知人が「今日あいついるかな?」と昼ごはんに誘いに覗きに来てくれることも多い。なので、さっきと矛盾するようだが、意外とスタバにいなかったりして、思ったよりそれほど寂しい思いはしていないのが幸せな所だ(笑)。クラスの女の子に「いっつもスタバにいない?私たちもスタバ好きでよく行くんだけど、あそこ結構混んでるじゃん?それなのにいつも稲永君座ってコーヒー飲んでるからすごいなって(笑)」と言われて赤っ恥を書くこともあるが(笑)。ただし、混んでいても回転がある場合であって、完全に客の流れがつまりだしたときは私だってどいているので許してほしい(笑)。そしてこの日は村田がやってきた。我がホグワーツ魔法学校を案内しようということである。それに際して、相座もやってきて村田を迎えることになった。



昼ごはんを食べに下北沢まで出たが、結局サイゼに入り、しかも帰ってきて今度はガストに入るという、わざわざそんなもの食べるかという感じが否めなかったが、これは仕方がないのである。明治は学生食堂があまり安くないうえにマズイ。さらに町にも学生食堂的な類が一切ないので、一風堂・なか卯・マクドナルド・スターバックスという選択肢から昼ごはんを選ばなければならない。まったく、「300円でお腹いっぱい食べられる」、「学生証見せれば大盛り」…などと聞いて羨ましい限りである。



そうこうしている内に時間は午後4時。英文学史の講義の時間である。村田にも出席していただくことになった。お客さんがいる時くらいお前がサボってやればいいじゃないかとお叱りを受けそうだが、うちはそうはいかない。月~金まで毎日1限に必修があり、単位もガチガチに厳しいのだ。私も木曜1限の英語に3回寝坊しただけで、再履の可能性が極めて高いと掲示板に名前を貼り出され、今度補講・追試である。諸君、通年で3回欠席で再履ってどうなんだ。教員も生徒もやたらに真面目で、やる気があるので(各授業出席率はいつも9割弱はいるだろう)結果としてキャンパスとしては雰囲気がいいのだが、もしこれが生徒にやる気がなければおそらくは留年続出である。カンニングや代返に対する処罰もどうやら本気らしく、答えを写させてもらった同じクラスの学生のテストの用紙に「解答コピー済」というチェックと大学のハンコが捺してあったりもした。次やって確信を得させれば前期単位は見た方も見せた方も0である。真面目すぎるあまり、「明日サボるわー」と言えば「え、なんで?具合悪いの?」と質問されてしまうようなところなので、欠席はするわけにはいかないのである。



ただ、講義のクオリティは意外や意外なかなか良くて、最初は甘く見ていたがこの英文学史などは受験世界史のイギリス政治史の観点から文学を見ていくので、思っていたような受験世界史の文化史の暗記のようなものではなかった。ゆげ塾の生徒であれば、そのまま楽しめそうな講義である。話術が特に優れているわけではないが、先生はロンドンに長く留学されてそこで大学を出たお綺麗な方だし、「プーさんに隠されたシンボリズム」など、面白い話も多い。ところが残念ながらそういう知的な話は村田には退屈であることを意味する(笑)。皆が真面目に講義を受けている中でまぁー携帯をいじるいじる。「あ、なったんらドキドキ」とか言いながらメールをピッピピッピ打っていて、しばらくすると電話までかかってきた。「うわー電話までかかってきたわー、まいっちゃうわー」とか言いながら得意げに携帯を出すと「着信:村田成子(←母)」とか書いてあって注意しようと思った私も不覚にも噴きだしてしまった(笑)。



講義が終わって、相座と再度合流。すると村田がmixiで「ゆげ塾の名チューター上総が、岡本の元に会いに来て、今あのマズくてそんなに安くないことに定評のある学食に一緒にいる」という情報を手に入れ、せっかくなので会いに行ってみることにした。


授業が終わり、少し暗い食堂で1時間ほど雑談をする。相座は相変わらず「俺が数kg痩せるのにいかに苦労したか」という話をした直後に「俺は痩せやすい体質だ」などとわけのわからないことを言っていたが、上総がライブのせいでお金がないという話をしている最中、それに追い討ちをかけるように村田が「焼肉食べたくね?焼肉食べたいんだけどー」と言い出して、なんと風風亭に行くことになった(笑)。ええ~、お金ないんですけどー(笑)と少し渋った上総に「お金出してあげるよ~」と心の広い、優しいむらたん先輩は太っ腹発言をし、私も救われた気がして「マジですか!あざっす!!」っと素直に謝意を表したのだが、



村田「お前に金出すわけないだろバカだなぁむかっ




諸君、これが男に対する態度である。もはや村田はただのエロオヤジだ。それにしてもこんな態度を取られてこれで友達と言えようか(笑)。どう考えても嫌悪感をあらわにされている気がするのだが、気のせいであろうか(笑)。



新宿の風風亭へ、キャッチのお兄さん方を上総が先陣切って「結構。御免被る」と捌きながら向かう。上総がキャッチのお兄さんを「ひかえいひかえい」と捌いてくれているおかげで、私は、道を知らないくせに先頭を切って歩きその結果ふらふら勝手にどっかに言って迷子になる村田が皆から離れないように見ているだけでよかった。


さて、風風亭についた。ここからは4コママンガのように写真で展開していこう。携帯の人は見づらいことこの上ないが、携帯でもちゃんとページの変化を意識して書いたからご了承願う。そしてできればこのブログは通常パソコン(またはiPhoneなどそれに準ずるもの)で見ていただくように作られていることも付記しておきたい。



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(AMY(右)と……ARMY(笑)?上総は私軍を有している。)





新宿風風亭で久しぶりの焼肉である。残念ながらこの時はユッケ騒動で生肉は食べられなかった。最近はレバ刺し等も含めた生食を禁止する条例ができあがっているようであるが、せっかくの食文化だ。なんとかなるまいか。そんなことをいっていると、今はまだ良くても一件一件食中毒が増えるたびに数十年後には刺身もなにも、生食は危険なので提供してはならないということになってしまう。免許制にするとか、管理基準を上げるとかすれば対応できるのでは(事実今まで規制がなかったものの、各店舗の良心で集団食中毒はほとんど起こらなかったわけだ)と思うし、管理基準が低いままではそのうち火を通しても食べられないものが出回る事件が起こりそうである(そういえばペッパーランチでは成形肉であることを表示せず、内部にO-157菌が練りこまれた状態のステーキ肉を出し、それをレア状態で食べた客が集団食中毒を起こしていたではないか)。



肉が次々焼きあがり、腹を満たし始めたころ、相座が「パラグライダーサークルは呑みまくるから鍛えられてるわー。村田勝負しようぜ!!」と威勢よく村田に挑みかかる。相座は敵が弱いと知るや見下して強気になる人間なのである。


村田も「ええー俺酒弱いしーてかー俺のサークル全然呑まないやつだしー」といいつつ、勝負を受ける。私は別に勝負をしているわけではないが、村田と相座が注文するたびに一緒に頼んでいたので、同数である。というか、どっちも一緒に頼むから、勝負にならない気がするが、その辺はどうだったのだろうか(笑)



そのうち、相座の行動が不可解になった。注文のたびにキムチを頼むのだ。最初はよかったが、オイキムチやらハクサイキムチやら盛り合わせやら頼み、ついに余り始めた。村田や上総たちと話すのに夢中になっていたので気付かなかったのだが、さすがにテーブルがキムチ臭いので、おい相座、なにしてんだと相座をの方を見ると




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相座……(笑)


ツッコむというか、もう言葉が出ない(笑)


お前酒強いって今の今まで言ってなかったっけ?と問いただしてみればやはり憤慨して


相座「お前はよぉ~!!全然呑んでないんだよぉぉぉむかっ!!うふふ」



酔うと100倍めんどくさいぞこいつ!!



ふがいない相座に対して、村田はなおも健闘を続けていた。


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(相座「ううーっふぅDASH!」 村田「まだのめるもん、ごくごく」)


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(相座「ううぅ~」 村田「あららららららぁ~合格」)




みんな、風風亭のお酒はアルコールきつめだから気をつけよう(笑)



飲み屋は基本的にたくさんの種類の原液をアルコールで割って提供するので、混雑していたりするとかなり適当にドボドボアルコールで割る。特にカクテルなんて、そんななかで濃いアルコールでいれても、甘い口当たりに気付かずにすいすい飲んでしまい、後でしっぺ返しを食らうのだ。


今度は村田である。おい、村田大丈夫~?と声をかけると、

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(ううううううううううううう


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(うっ)



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(あっちょんぶりけー叫び)



お前はピノコか。


なぜコミュニケーションが幸せなら態度で示そうよ方式なんだ(笑)。相座にひきつづき、こいつまで人間的なコミュニケーションがとれなくなってしまった。ちょっと上総さん岡本さんこの馬鹿になんとか言ってくださいよー。ぶん殴ってやってくださいよーと話をふると


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(あひゃひゃひゃ合格)



お前らもかい(笑)


しかもなんで取材NG?



もうARMYに至っては場末のキャバクラのキャバ嬢みたいな目の隠し方である。



その後酔っ払った村田の大失言事件があり、私が手を下すまでもなく皆の村田の持ち株は大暴落。一転して恐慌状態になった。詳しく述べるにはあまりにデリケートな事件だったのでそこはPre-Logic(察し)でお願いしたい。さらにもうこれ以上は危険だということで会計をする段になると


村田「お金ないわ相座2000円貸して目


お前さっき上総と岡本の分もいくらか出すって言ってなかったっけ!?


どういうことなのこのおぼっちゃま体質は(笑)!


その後村田は皆に殴る蹴るされながら、新宿の駅まで戻った。カクテル数杯で二足歩行が苦手になり、進化途中の類人猿のような歩き方をしていた上総と別れて、相座は岡本さんと嬉しそうにるんるんと帰って行った。



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(左から二番目が上総。ちょっと具合悪そう。)


ぼこぼこにされた村田は呑気に「これは吐くかもしれない」と苦しんでいて、山手線に乗るも「これは無理だ」と原宿で下車。ベンチで夜風に当たり、私がミネラルウォーターを買ってあげると、おいしそうに飲んでいた。その後次の電車に乗って再び渋谷まで帰る頃には大分酔いも収まっていたようである。


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(・・・・。)



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(もしもしー合格)


うん、気のせいだったようだ。


村田は相も変わらず酔っていた。



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(ごくごく)



なぜだろう、たまにこいつのマイペースさに本当に殴りそうになる(笑)




やがて電車が来て、私達は無事に座った。数分ののち、電車が出発し、私は「楽しかったねー」と村田に語りかけた。すると



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(ぐー)



はやっ!


もうこいつなんなの!どこまでマイペースなの!!


彼は自分のために地球が回ってると思っているタイプのB型人間である。諸君、これは渋谷を出るころに撮った写真である。電車に乗って5分もしないうちに彼は夢の中である。しかも黒バニストの皆さまならもう御察しの通り、この顔は起きないモードである。これがまた話しかけてもゆすっても起きない。そのうちに電車は武蔵小杉につき、私は降りなければならないのだが、この電車は村田家まで帰れる最終電車である(村田がどんなフロンティアに住んでいるかは次回。ちなみにフロンティアとは名詞で①最先端、②辺境という意味だw)。もしも寝過したら大変だ。私にできることはないが、とりあえず降りることだけは伝えておかねばならない。



私「じゃあ、武蔵小杉だから俺降りるね。」

村田「…余裕でしょ。」



何がだ。




寝ぼけてコミュニケーションもままならない酔っ払いの村田を乗せて、東横線は走って行った。その後、村田が上総と岡本にお金を出したのか、そしてお金がなくて空を飛べない相座に2000円を返したのか、それは君たちの心の中の村田にぜひ聞いてみてほしい。

110515 飯田さんちで宅飲み(後篇) 2時間で終了 全滅の光景 むらたんもそもそ

さて、村田を拉致した後、お酒を飲んだご両親を家まで連れて帰るために運転して茅ヶ崎まで帰った畠山も迎えに行こうと、我々も茅ヶ崎へ向かったのだが、途中で連絡が取れなくなり、そのまま帰ってきて、飯田家に着いたころには2時を回っていた。待ち合わせは午後6時。ようやく飲み会の開始である。


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(ドヤ顔の飯田さん。初登場)



この飲み会、始まるのはおそろしく遅かったが、ペースは前代未聞なぐらい早かった。ブルウォッカに始まった飲み会は、ウォッカの薄め方を間違えて「あれ?レッドブルほとんど入らなくね(笑)?」等と言いながらも深夜のテンションで押し切られ、あっという間に展開していった。以下の写真をご覧いただきたい。最初はブルウォッカを注いでいる最中の写真である。




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30分後



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(あひゃひゃひゃひゃひゃ)



やはりウォッカの量が多かったらしい。上の写真が2時半、下の写真は3時である。最初はお腹もすいていたし、割といいペースですすんでいたので途中でおつまみを買い足しに私と飯田さんでコンビニに行って、帰ってきた時にすでに彼らはできあがっていた。木村さんに至っては色まで変わっている。さらにこの後も呑み続けていくのだが。そのペースはかなり落ちて、飯田さんは突如ソファーで睡眠を始め、木村さんはうわごとの様に同じ言葉をつぶやき続け、同じくやがて眠りに落ちた。しかし、詳しくは述べないが、それは同時に顔にビニール袋をさげなければいけない事態になったことを意味していたのだった。しかたない、村田と語りながら飲もうかと思っていたら、なんと村田もすでに寝ていた。これは何を意味するのだろうか。






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午前4時。全滅。

そう、それは私がひとりぼっちになったことを意味していたのだ。



ウォッカがさすがに強くて足元がなんとなくおぼつかない気もしていたが、酔ってはいないだろうと思っていた私は、とりあえずお腹が減ったので、なにかつくろうと思った。そこで稲永家秘伝の焼きおにぎりを作ることにした(酔っていたのかもしれないw)。稲永家秘伝の焼きおにぎりはおそらくカロリーがかなり高いのが難点だが、もう絶品である。飯田さんちの冷蔵庫はうちと違ってかなり充実していたので(人の家の冷蔵庫を勝手に開けてはいけません)、かなり近いものができそうである。結果、少し醤油が濃い気がしたが、やはりかなりいい感じのものができた。できた焼きおにぎりは木村さんの墓前に供えることにした(酔っていたのかもしれない)。



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この時時間にして、5時ごろ。すると私はあることに気が付いた。さっきまでそこにいたはずの村田がいなくなっている。いったいどこにいったのだろう。さっきもトイレで吐いていたのでまたトイレにいるのかと思って見てみるがいない。自分の家だと思ってどっかにいってしまったんじゃないかと不安になりながら和室を開けてみると




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いた(笑)。


ちょっと、なに人んちの和室に勝手に寝てんの(笑)


そしてどこに手いれてんの(笑)


春の朝の空気に寒さを感じたのだろう。手先をどこか暖かい所に入れようとやった結果、その答えはなんと股間にあったようである。そこで暖かそうに手をもそもそさせていた。むらたんもそもそ、むらたんもそもそ、である。



それにしても村田は気持ちよさそうな顔で寝ている。まるでマンガのような表情である。一旦このモードに入るとそう簡単には起きない。横では村田のお母さんから着信が入りブーブーと携帯が鳴っていた。外では始発の横浜線らしき音が聞こえる。もう5時すぎだもんねぇ。そう呟きながら私は台所に戻った。飲み会の後片付けがまだ残っていたのである。




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朝日が指して町は明るくなった。空気はまだ湿っぽいが一日のどの時よりも澄んでいて、息を吸うとどこかからか山のような、土のような匂いがしてくる。ここは横浜にも近いが自然もあるいいところで、私は少し散歩に出てみることにした。



飯田さん家から歩いてすぐのところに竹藪があった。その内何本かは横に切られていて、切株のような状態になっていた。私はその根元だけが残った竹を引っこ抜いてみた(酔っていたのかもしれない)。するとその根っこからは恐ろしい量の白アリがぞわぞわと噴きだし、地面にこぼれおちた。



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(参考画像;シロアリ)



その気持ち悪さに一瞬にして酔いは醒め、これを飯田さんちに持って帰ったら大変だと慌てて下がった。白アリなんて初めて見た。本当はアリというより、ゴキブリに近い仲間だという。アリはハチの仲間で、社会性を元々持った昆虫であるのに対し、白アリはゴキブリの中から社会性を著しく進化させたものなのだそうだ。


その後踏切の辺りまで一回りしてから飯田家に帰った。



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(朝日と澄んだ空気に包まれる飯田家)



さてのんびりしている内に時間は6時半を回った。しかし飯田家内に動きはなかった。相変わらず和室から聞こえてくるブーブーという携帯の着信に、さすがにそろそろ村田を起こさなければいけないのではと和室に入ってみると





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村田もそもそしすぎだって!!脱げてる脱げてる!


いったい夢の中で何をしているのだろうか(笑)。もはや手首から先が全力であそこに突っ込まれている。いろんな事情でこれ以上寝かせるとまずいのですぐに起こすことにした。



村田「いまなんじ?」

私「6時半くらい」


村田は寝ぼけ眼で携帯を見る。そして途端に目を覚ます。


村田「これはやばいねぇ。」

私「うん。」



村田は慌てて飯田さんを起こした。もともと木村さんも飯田さんも用事があるのだ。飯田さんもすぐに準備をするが、木村さんは再起不能。用事の先の人に私が事情を書いたメールを送り、なんと木村さんを置いて出ることになった(笑)。



飲み会は終わり、十日市場駅で飯田さんと、菊名で村田と別れた。彼らはこれから私の知らない別のコミュニティの顔になっていく。特に用事のない私は朝の東横線の中で、空腹に、さっきの焼きおにぎり食べておけばよかったなと思っていた。

110515 飯田さんちで宅飲み(前篇) 企画倒れの危機 村田を拉致 飯田ロック

5月15日、落研呑みということで先輩の飯田さん宅で飲み会が催されることになった。当初メンツは飯田さん、木村さん、私、村田、畠山、加藤由だと聞いており、久しぶりに会う人もいたので楽しみに飯田さんの家のある十日市場へ向かった。



夕方6時。待ち合わせのロータリーに来たのだが、木村さん以外誰もいない。いったいこれはどういうことかと思っていると、飯田さんが車で迎えに来てくれた。車に乗って、他の人はどうしているのか話を聞いてみると以下の通りであった。



畠山…身内の葬儀(遅刻)

加藤…芝でパネルディスカッション(遅刻)

村田…おばあちゃんが来てるの(欠席)



ええええええ~全滅ですかー(笑)


なんと、私・飯田さん・木村さんという、シュールな組み合わせになっているのである。私は落研には最後の年に入っただけであって、飯田さん木村さんの引退時に入れ替わりで入ったようなものなので、お二方がOBとして教室をのぞきにいらっしゃったとき以外で一緒に活動はさせてもらってはいない。そんな中突如この3人という組み合わせになったのだ。おお、これは果たして落研呑みと言えるのかどうかすら不確かである。



途中でラーメンを御馳走になり、スーパーと酒屋でこれから来る二人のためにお酒を買い込んだ。どういうわけか飯田さん家の車は、後部座席のドアが内側からは開かなくなっており、一旦乗ってしまうと、外から誰かに空けてもらわなければならない(これを飯田ロックと呼ぼう)。そのため私は終始いちいち先輩方に後ろのドアを開けていただくというV.I.P待遇であった。その後飯田家で準備をして談笑をしながら遅刻組を待ってはいるのだが、待てど暮らせど一向に連絡がない。もはや3人で始めてしまおうかとも言っていたが、お酒は3人で呑むにはちょっと多すぎたし、遅刻組はもとより、やはりこういう時にはいじられ役で村田が欲しいのである。しかし、おじいちゃんおばあちゃんがやってくるってなんなんだ。村田家は半年に一回くらいで代わる代わる遠方から親戚がやってきては村田にお金を置いていくのである。お前ら参勤交代かとつっこんでやりたいぐらいだ。



時間は11時を回り、さすがに呑み始めないとと思ったころ、もう一度村田を呼ぶ交渉を試みることにした。おじいちゃんおばあちゃんが大殿籠られていれば、村田を連れてくることは可能だと思ったのである(思ったのであるというか、この時はまだ冗談だったのだがw)




交渉人として選ばれた飯田さんがまず携帯で村田に電話をかけ、終電で来ないかと彼の譲歩を持ちかける。しかし村田のノリの悪さを甘く見てはいけない。「来ないか」と選択の自由を与えてはいけないのである。当然やつは「すみません、明日観光あるんで~えへへ」とかわす。始発で帰ればいいじゃないと言うも「ううーん、すみません、無理です」と逃げられ、交渉決裂。ううむ、わかってはいたが、なんだか悔しいじゃないか。




私「迎えに行きましょう、車で。」




おお、深夜のテンションである()。笑い話からついに飯田さんと木村さんに地図をじっと確かめてもらって、本当に車に乗り込んだ。途中でガソリンを補給し、緑園都市まで車を走らせたのである。おお、恐ろしい行動力である。ついに村田の家の前に到着し、車を停めて、今度は私が誘導することになった。会話に違和感を感じさせて村田に察しを求める、名付けてPre-Logic作戦である。




私「もしもし」

村田「はい」

私「今日落研呑み行かなかったの?」

村田「うん」

私「なんで?」

村田「おばあちゃん来てるの」

私「おばあちゃん達今何してるの?」

村田「もう寝たよ」

私「じゃあ、行けるんじゃないの?」

村田「いやぁ、無理でしょ」

私「終電で来ればいいんじゃないの」

村田「電車の問題じゃないでしょ……てか君今どこにいるの?」

私「車の中だよ」

村田「誰の?」

私「え?うふふふ

(木村さんと飯田さんの笑い声)

村田「え…今どこにいるの?」

私「何か聞こえる?」


嫌な予感がしたらしい、村田の部屋のカーテンが開く。



私「こんばんはー(笑)」

村田「ちょっと待って意味分かんない()


その気持ちはよくわかる。

私「まぁ出てきなさいよ」



電話が切れ、村田がおそらく準備しているであろう間、今度は車の中で先輩たちがビビり始めていた。



木村「そういえば俺村田のかーちゃんに嫌われてるんだよなぁ。中学校の頃、門限守らずに遊びに連れて行ってたから。拉致ったら村田のかーちゃんにまた嫌われるなぁー」

飯田「村田のお母さん出てきたらどうする?」

木村「エンジンかけて逃げようぜ」

私「なんかそれ相当ダサくないですか()




すると玄関に電気がついた。ドアの窓に人影が見える。


飯田「あれ村田かな?お母さんじゃね?」

木村「飯田!エンジンかけて!!」


ブオオオオオオン!!!



いや全然かっこよくない!!ただのビビりじゃんこれ()!!


するとドアが開いて、中から半ば観念した様子の村田が出てきた。



木村「飯田!エンジンオフ!」


…ぷすん。




さすがは落研の先輩である()。それでは窓を開けて村田にご挨拶をしよう。




私「言いたいことはわかるね?」

村田「君が来て逃げられるわけないでしょ」


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シャハハハハ!コイツは抵抗の無意味さを知っている!




村田は再度準備をしてきて、お母さんにちょっと叱られてから出てきた。朝、始発で必ず帰ることと約束をされたのだという。いやしかし、幸せではないか。私が呑みを断ったところで、家の前まで迎えに来ておいでおいでしてくれる人なんていない。ほら見てみたまえ。飯田さんが運転席から降りて、後部座席のドアを開けて待っていてくれているではないか。村田は導かれるままに後部座席に座り、飯田さんはドアを閉めた。





飯田ロック!(部座席は内側からドアが開かない)



車は走り出した。見事拉致完了である()。あまりにも非現実的な作戦が成功したので、さすがにしばらくは爆笑であった。その後、葬儀の帰りに親を車に乗せて帰る必要があり、今日は欠席になりそうだと言っていた畠山を迎えに行こうと茅ヶ崎へ向かったが、途中で連絡が取れずに断念。さらに加藤由もパネルディスカッションの後、教員と呑んでつぶれてしまったので、事実上の参加断念ということだった。おお、運命とは皮肉なものである。遅刻してでも行きますと言っていたメンツが参加を断念する中、端から欠席と言っていた村田が参加したのだ。



ちょっと記事の編集の仕方を間違えてしまったので、前篇と後篇を分けざるを得なかった。後篇はすぐにアップするのでお待ちいただきたい。では後篇へ続く。





110502 相座力 Winnie the Pooh 肥大とダイエット 相座は遥か空を飛ぶ。 

110704 JR九州CMが金賞受賞 開業100日 ブログの行方 アクセス解析から とっとーと

110422 おまけ 越後湯沢尋訪記 酒風呂 雪の中 冷たいリンゴジュースと越後のそばに舌鼓

さて、私はクニスさんと越後湯沢で別れて、一人になったところまで書いた。クニスさんは横浜の辺りに住んでいらっしゃるので、一緒に帰ろうと思えば、糸魚川から特急で越後湯沢、そこから上越新幹線で東京まで帰り、横須賀線で武蔵小杉で別れるまで一緒にいることはできる。ではなぜ別れたのかというと、帰り際におばちゃんに「この辺なにかいい温泉はないですかねぇ?(←発想がyoung manではない)」と聞いた時に「この辺なんかより、越後湯沢のが良いよ!」と一押しされたためで、確かに交通費も全額負担してくれているし、切符も特急と新幹線では違うので、どうせなら越後湯沢で改札乗換をするのではなく、一度外に出て観光をしようかなと思ったのである。



さて、越後湯沢に降り立った。






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(ひゅーるりー、ひゅーるりららー)



Oops!



写真は特急はくたかの中で越後湯沢に着く5分前に撮ったものである。あと1週間で5月になるというこの日、外は一面銀世界(笑)。溶け始めた氷の塊が川を流れているレベルである。太平洋側の人間にはにわかには信じがたい光景だ。



この辺の名物はなんですかと聞くと、「へぎそばですね」と仰る。それで「蕎麦ですか、いいですねぇ」という具合にお昼ご飯は蕎麦に決定した。へぎそばというのは初めて聞くが、“へぎ”というのは片木と書き、要はせいろのようなもの。だからざるそばとほとんど同じである。そばには布海苔(ふのり)という海藻が練りこんであり、そちらのほうがオリジナリティがあるのかもしれない。早速近くの蕎麦屋に入った。



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蕎麦屋の名は「福寿庵」。そばは太目というか扁平で、普通のせいろだが、これもへぎそばというらしい。地元のギャルとチャラ男も食べていたのだが、ちゃらちゃらした格好に防寒・防雪対策が厳重に施されていて、足元がエヴァンゲリオンみたいになっているのを見て、そばを不覚にも噴き出してしまった。だって、諸君、食べ終わった彼らがガションガションさせて店を出ていくのである。これをそばをすすりながら見ろと言るのは、私にリアクション芸をさせようとしているのと同じことではないか。


そばは涼やかで、のどごしもよく、それでいてコクがあって大好きな日本食である。「自称国粋主義者」のトヨナガが食べられないのは残念でならない。ただ、トヨナガに去年の事だったか「そばってどんな味がするの?うどんやそうめんとどう違うの?」と言われ、答えに窮して以来、今でも時たまそのことを考えている。もちろんうどんやそうめんとは「冷たく冷やした麺を海苔を散らしてつゆにつけて食べる」という食べ方は似ているが、味は全然違う。でも味というほどの味があるだろうか。しかし蕎麦を食べたい時にうどんでは代わりにならないし、逆もまたしかりだ。それなのに、蕎麦の味を言葉にするのは非常に難しい。カレーなら「スパイシーだ」とかまだ幾分かは表現しようがあるが、こういったものは冷暖自知で、体験してみないとわからないだろう。味自体は別にクセもないし、きっとトヨナガも気に入ると思う。それが尚更残念である。



お店を出て、寒風にあたって「あれなんで俺冷そばにしたんだろう馬鹿じゃないの」と後悔をしながら、いやいや、これはこの後の温泉のためのお楽しみなんでございますよと自答して、いそいそと駅に戻った。越後湯沢と言うのはいわゆる温泉街で、箱根湯本や熱海、草津や万座と同じようなもの。温泉が名物であり、観光をするような名所があるわけでもないようなので、旅館が立ち並んでいるだけである。高級温泉旅館に一人で入るような身分でもないので、おばちゃんに教えてもらった温泉に行ったのだった。なんとさすがは越後湯沢。駅の中に温泉があるというのである。



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(酒の湯 湯の沢)



新潟越後は米どころであり、他にも名物として日本酒がある。この駅の中の施設は日本酒を前に出していて、500円で好きなだけ利き酒ができるという超お得な施設もある。私は焼酎程でないにしろ日本酒はまだそんなに味がわからないので遠慮したが、酒豪の方々は是非立ち寄るべきところである。温泉はその中でサブ的な役割をしていて、湯の中に酒が入っているのだという。無論そんなものが地面から湧くはずはなく、ここで混入しているわけであるが、湯に酒とは貴重な存在ではないか。ちなみに800円でタオル付である。



ところが入ってみると、別に特段酒の匂いはしない。言われなければ酒が入っている発想すらわかないだろう。湯船も広くはなく、人が多いと気まずい(笑)。でも湯船はすこしぬるっとしており、さらによく目を凝らすと湯船の中に小さな白いカスのようなものが漂っているのが見える。看板に書いてあるものを見る限り、どうやらこれが酒の成分が凝固したもののようだ。いや、隣のおじさんが足の裏を湯船の中でゴシゴシしていたので確証は持てないが(笑)。



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(中はこんな感じ。HPより)


湯自体にはそれほどの特徴を感じなかったものの、備え付けの竹炭シャンプーとボディソープはヒノキの香りがして、なかなかよかった。思えば朝から検定の冷や汗やら、春の日差しの汗やら(新潟も車の中はさすがに暑い)で、べたべただったのでなんともさっぱりである。800円なら仕事帰りに少し寄り道…ということもできるだろう。後はお酒の匂いがして、あがるころにはほろ酔いというような状態になれれば文句なしである。いや、そうすると浴室がアルコールが充満して大変なことにもなりそうだが。


行きになんのために2階建てなのかよくわからないMAXで乗り心地悪く越後まで来たので、帰りはMAXじゃない新幹線で帰りたいと改札口で言ったら駅員さんに2時間近い待機を言い渡されたので、温泉には1時間ほど浸かり、ほくほくの状態であがった。志楽の湯は何時間も入るが、あそこは露天風呂である。対して、狭くて湯気がもうもうとあがり、熱気がこもる湯の沢だったので、さすがにのぼせてしまい、ふらふらと駅構内に戻ったのだが、さすがに水分補給がしたい。すると店にりんごジュースを売っているところがあった。しかし、ただのりんごジュースではない。1本400円もする青森の超高級ふじりんごジュースなのである。おお、諸君ならどうするだろうか。売店まで走って150円のうっすいアップルジュース(りんごジュースではなく)を飲むだろうか。


私は葛藤の末、BUY TOHOKU!のマークにやられて、買ってしまった。飲み干しながら「あれ?青森はあんま関係なくね?」と思っていたが、その答えが終わる前に瓶はからっぽになっていた。おお、400円…w。しかもその頃からJRの駅の自動販売機などで売られている150円する小さいペットボトルのりんごジュースがほとんど同じ味で少しショックであった。いや、でもアップルジュースとは違う味である。諸君も呑みたくなったら、JRの駅の自動販売機のやつを飲んでみたまえ。同じ値段で買える1リットルの紙パックのアップルジュースとの違いが判るはずだ。



そろそろ時間だと思い、ホームに上がる。ホームにやってきたのは200系新幹線。おそらく東北新幹線の最古参のやつである。緑色のこだまだったのだが、今は恐ろしい色に塗られていた。



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今度はゆったり帰れるなと席に腰を落ち着けた。新幹線は走り出し、私は余韻に浸っていた。この後古い新幹線特有のガタガタ揺れと、隣の出張がえりのおじさんがビールとおつまみをたらふく飲んだ後に放つげっぷといびきに悩まされるとは、思ってもみなかった。もう。




さぁ、これで2週間続いたようやく完全に「稲永、免許を取る編」は終わり。それは同時に、1か月続いてきた福岡旅行記→免許を取る編の長編2つの終わりでもある(なんと実際に行っていた時期とほとんど同じだけかかってしまったw)。この後私は1か月ぶりに東京(福岡から見れば、東京も神奈川も千葉も埼玉も東京なのである。山梨はさすがに許されないw。)に身を落ち着け、ここからはまた単発ものが続いていく予定だ。といっても、諸君も知ることになるが私のプライベートなんてスタバと飲み会ばかりで大したものではないので、まぁポンポンと進んでいく予定である。できるだけ早く追いつかないと記事を書く方も記憶が薄れて大変だし、読まれる方々も「は。いつの話してんのきもーいw。過去の話が許されるのは1か月前までだよねーwww」とお思いになると思うので、サクサク進んでいきたい。それではお暇な方はまた次回で。



110422 稲永、免許を取る<卒業検定編> 卒業検定合格 さぁ、帰ろう 感動のフィナーレ 

卒業検定当日、もし合格すれば私たちは早々にここを出ていく。そのために荷造りも全て終えてから朝食に出なければならない。荷造りが済んだ私は、もはやなにもすることはなかった。仮免の時のように朝から緊張するかと思いきや、ある意味達観していて、願わくはこのせっかく作った荷物を再度崩すことなく家まで持って帰りたいと思っていたくらいである。バスに乗っても、いつも通りに人と談笑していた。

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(2週間過ごした部屋。消灯時間から就寝の間の孤独な夜のために古本屋で買い続けた浦安鉄筋家族は20冊を超え、結局直接家に送ることになった。)



ところが、朝は達観していたのに、いよいよ試験となるとさすがに緊張してくる。私は特に「私の全ての動作を見られるような試験」が苦手で、それは剣道だったり、運転だったりする。よく俳優になるために面接官の前でダンスをやるオーディションなんてのがあるが、あんなものもってのほか。しかし、力んで運転すると走行が硬く不安定になるし、印象も良くないと思うので、笑顔を絶やさずにいることにした。おお、世界を救うのは最後はいつも笑顔なのである。


試験内容は以下の3つである。
1.指定経路走行
2.自主経路走行
3.所内で縦列駐車か、方向転換



まず地図をもらって、試験場所(路上)へ行く。最初は指定経路走行でA地点からB地点まで地図に経路が予め書き込まれており、さらに道順を教官の指示に従って走行する。その後B地点からC地点に行くのだが、今度は点だけが与えられており、「C地点にこちら向きに停車してください。」とだけ支持され、自分で通りやすい道を設定し、その場で教官に報告。「はい、大丈夫です。」と許可をされたら道案内もなしでその地点まで走る。C地点は次の人のA地点になっていて、そこで運転を交代。そしてそこから次の人の指定経路試験が始まるというリレー方式になっている。全員が終わったら、所内に帰ってきて、縦列駐車か方向転換(どちらもバックを使う技能)を行う。これはその日にどちらかが決まるようになっている。試験は合計点で合否が決まるので、たとえ路上がうまくいっても、縦列駐車や方向転換でちょっとぶつけたり、バックしすぎて脱輪しただけで不合格。延泊となる。仮免なら脱輪はコースを外れたということになるので、すぐにブレーキを踏んでバックで戻れば許されるが、縦列駐車や方向転換での脱輪は駐車スペースをはみ出した=隣の車と接触事故という扱いになるので、-100点なのである。


幸い私はここまで延泊なしで来たので、大学のガイダンスまで3日余裕があり、最悪1泊くらい延泊になってもいいかという気持ちでいられたので、緊張しつつも割と気が楽であった。試験スタート地点に行くまでの間も「なにか聞きたいことはある?」と気を使ってくれたサトウ教官に「サトウさんは免許1回でとれたんですか?」とトンチンカンな質問をして、結局最後も雑談の場にしてしまったのは内緒である(笑)。



試験はスムーズにいった。なにせ路上で散々走った経路だ。路上に初めて出る時にもらった白地図に注意点を書き込んだので今更どうということはない(ちなみに私の白地図は素晴らしいワークシートということでフジタさんの手に渡ったw)。3人とも特に危ないこともなく終わった。その後は所内に帰ってきて、そのまま第2試験が始まる。我々の課題は縦列駐車だった。縦列駐車のポイントは気持ち浅目に入れることである。駐車が浅い場合「入ってません」と言われ、やり直すことになるが、これは減点なし。なによりやり直せる分脱輪するよりマシであろう。私は浅目で入れ、最後に深くハンドルを切って微調整し、なんとかピッタリ入れることに成功した。試験後サトウ教官に送ってもらいながら賛辞の言葉を頂いた。「皆、運転上手になったねぇ。ワタナベさんなんかすごく上達しててびっくりしたぞぉw。んで一番緊張してたのはイネナガさんだな(笑)。」




あ、ばれていた(笑)



試験終了後、20分程自動車学校のエントランスで待機。その後校長に呼ばれ、結果が発表された。





―おめでとうございます。全員合格です。







やったぁぁぁぁあああ。・゚゚・(≧∀≦)・゚゚・。



我々の喜びようたるや、あまりに声が大きすぎて教官に怒られ、周りの意外に冷めたテンションとのギャップを痛感するほどであった(笑)。でも、合格である。これで帰れるのである。


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(お世話になったAT車たち。私は一番手前の206号車と矢鱈に縁があった。)




その後は学科試験を受けて免許を交付されるまでの最後のレクチャーを受け、我々はロッジに帰るまでのバスを待つまでの間に、ようやく朝からの段取りから解放された。「今日帰る」ということが未だにピンと来ない。前にも行ったが、合宿の欠点はこの卒業検定が終わるまで帰る日が確定しないこと。今日のこの瞬間になって帰れることになり、私たちは余韻に浸っているというか、半ば放心状態ですらいた。

帰りのバスの中で、初めて助手席に座った。教官と話をしたかったのである。


教官「どうでしたか、免許合宿は。」


私「なんだか、長いようで、短いようで。でも先生方にも仲間にも恵まれて、運転免許以外にもたくさんのことを学んだ気がします。」


率直な感想である。あまりに記事が長くなりすぎるので泣く泣く割愛したのであるが、この免許合宿では、博識な管理人のおじさんを囲んで皆で深夜まで論議したり、食堂のおばちゃんたちとお菓子を食べながら談笑したりして、本当に勉強になったのである。


教官「それが合宿のいいところだよ。ただ学校に通うんじゃなくて、価値観や育った環境の全く違う皆と2週間を過ごして、いろんなことを学んで、いろんな思い出を作る。たった2週間だけど、それでもどんな2週間よりも得るものがあったはずだよ。僕たち教官も同じことをしているようで毎回違うからね。君たちとの2週間は楽しかったよ。」








おお、教官…(´;ω;`)



静寂のバスの中、周りの仲間もその話を聞いてしんみりしていた。各々何を考えていたのだろうか。もはやそれを確かめるすべはない。



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(ふと見るとMT車が教官ブレーキによって急停止させられていたw頑張れ教習生!)



ロッジを前にして、最後に教官からお言葉を頂いた。



教官「卒業おめでとう。君たちはもう地元の試験所に行って学科を受ければ免許が取れます。車によって人生の可能性が増える喜びを体験してください。…また会いましょう、なんていうと、縁起が悪いね。だからそうはいいません。今度は大型で。大型免許で会いましょう!!」





おおぉ、教官…(´;ω;`)



最後のはそんなによくなかった…(´;ω;`汗)



ロッジでは、おばちゃんと最後の談笑である。おばちゃーん、2週間おいしいご飯をありがとう!とお礼を言って、記念写真を撮った。ここにくると2kg太るというが、私は3kg太った(笑)。そうだろう。写真見ても、我ながら今と雰囲気が違う気がするもの。


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(おいしいご飯を作ってくれる美人のおばちゃん達と)




おばちゃんとの雑談が一段落した頃、ワタナベさんと豊水さんが身支度を整え始めた。



ワタナベ「じゃあ、あたし、そろそろ行くわ。みんな、またどこかでね!」



豊水「私もそろそろ行こうかな。旅は一人が好きなもんでね。」





ちょっと待って、お前らそんなかっこいいキャラだったっけ(T▽T;)



皆に見送られる中、メンバーが2人減った。2人分の会話が減った。



しばらく雑談をするが、やはり少しさみしい。私たちもそろそろ行こうか、その時だった。




シモカワ「ただいまぁ!!」



ほげええええええΣ(゚д゚;)







予告の「あの男」とは、ご存じシモカワくんであった。シモカワくんはなんと地元で仮免試験に合格し、奇跡の復活を成し遂げたのである(笑)。いや、例え仮免にパスしたとしても、帰ってこられたところはやはり近場であったことが幸いしたのだろう。私の場合はとてもじゃないが、無理な話だ。







シモカワ「いやー、助かったわー。30日(この日から8日後)に花見の予定が入っちまって、卒業予定日が29日だからさぁ。ギリギリセーフ的な。なははは。」







お前第2段階の学科効果測定を1発でパスする計算なの(笑)?



おばちゃん「あ~、確かに今年は桜が遅いからちょうどいいかもねぇ。」


シモカワ「今年の桜は、まだ乱れ咲きって感じっすよね~。」



それを言うなら“八分咲き”だ。




せっかくの再会であったが、残酷にも電車の時間は迫り、彼らにお別れを告げて、我々はシーロッジを出た。この後のシモカワくんに待ち受けているであろう地獄を私たちは知る由もない。



糸魚川駅の土産物屋に行き、3人でお土産を物色。私とシマザキさんは完熟トマトジュース大農という1本1500円する超高級トマトジュースを、クニスさんは地酒を何本か買った。いよいよ帰りの特急列車の時間である。私とクニスさんは越後湯沢方面、シマザキさんは金沢方面である。私たちの方が30分早い電車だった。




ふと、写真、撮ってなかったねと誰かがいいだし、糸魚川の駅で写真を撮った。



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(シマザキさんと)
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(クニスさんと)




その後すぐに特急はくたかが入線。私たちは何度もお別れを言って、電車に乗り込んだ。


はくたかがゆっくりと出発すると、シマザキさんが泣きながら手を振って、なんと走って追いかけて来るではないか。おお、ドラマの世界である。しかし、日本で最速を誇る特急電車を前に、一人の女性はあえなく突き放されてしまい、見えなくなった。

電車は雪原をひた走り、1時間の後に越後湯沢に着いた。そこで私はクニスさんと最後の握手をして別れた。最初から最後まで一番長くいた人である。情報交換など、頼りにしていた存在であった。ともあれ、さらば惜別の時である。



ついに一人になり、ふと携帯を見ると、「お知らせあり」と出ていた。



“もう越後湯沢に着いたころかな?さっきはごめんね(笑)。大阪来ることがあったら絶対言ってね!面白いところたくさん案内するから!”といった内容のシマザキさんからのメールだった。そういえば帰り際に、アドレスを交換していたのを思い出した。



シマザキさんに限らず、2週間の中で私たちは何人もの人とアドレスを交換した。割愛され、この記事に書ききれなかった人との付き合いもあった。しかしおそらく彼らとは、もう2度と会うことはないだろう。たとえもう一度どこかで会えたとしても、私は、そしておそらくは相手も声をかけない。それでいい。一期一会の素晴らしい出会いとして思い出にあればいいのである。



もちろん、村田がいたら、楽しかっただろう。二人での思い出もできただろう。しかし、一人でいたからこそ、一期一会の思い出もできたのである。この2週間は、友人の誰とのものでもない。だからこそ、一生の記憶に残るような貴重な2週間を過ごしたとも言えるのである。一人で行くのも悪くはないじゃないかと、私は思った。




道行く車は、多かれど、皆最初は自動車学校に通い、それぞれにきっとエピソードがある。



これはその中のたった数人の2週間の記録である。




糸魚川の駅から旅だった者がどこへ帰って行ったのか。それは糸魚川の雪山だけが、知っていた。

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稲永、免許を取る編 -完-