今回は南大隅町の話になります。
指宿の山川港から、フェリーに揺られて根占(ねじめ)港に到着しました。
ここで、指宿から乗船する時に貰った乗船券が役に立ちます。
港の窓口にて、乗船証明書に名前や住所の一部を記載して手続きすると、タクシー料金に助成金が適用されます。
雄川の滝や南大隅町を観光するのに、お得になります。
私は偶然居合わせた、フェリーの観光ガイドの方に教えていただいたのですが、
まだまだ利用される方が少ないようでして、雄川の滝を観光したい方に、ぜひ利用して欲しいそうです。
適用されるのは、みさき交通タクシーさんなので、タクシーを呼ぶ時には、お間違えなきよう。
みなみおおすみ西郷さぁ展示館 へは、港から橋を渡ってすぐなので、徒歩で大丈夫です。
こちらの展示館は、午前9時から午後4時30分まで。月曜は休館です。
来年1/31までの期間限定開館になります。
入館料は200円。高校生以下は無料です。
館内は全て撮影禁止になっています。
地元のお宅に伝わる、西郷隆盛直筆の掛け軸、狩りの際に借りて実際に使ったと言い伝わる銃など当時のものが約50点展示されています。
地元のボランティアのみなさんで組織された、おもてなし隊の方々が、交代で館内ガイドをしてくださっています。
もちろん薩摩ことばですので、なかなか理解が大変なのですが、代々受け継がれてきた逸話を聴くからこそ、この地でどれだけ西郷さぁ が大切にされているのかが、伝わってきたようにも思います。
大河ドラマと同じタイミングで開館したのに、なぜ西郷どんとネイミングしないのか については、地元のみなさんでずいぶんと話合われたそうです。
西郷どん → 西郷 殿
西郷さぁ → 西郷 さま
南大隅町のみなさんは、昔から西郷どんとは呼んでいないからだそうです。
ちょっと違うと。
やっぱりこの地では慣れ親しんだ西郷さぁ にしよう。ということに決まったんですって。
どん (殿)よりももっと親しみをもっていて、近しい距離感。
地元で代々大切に慕われてきた、西郷さぁ
それがこの町での 西郷隆盛 さん でした。
地元に伝わる逸話を紹介するコーナーでは、イメージ画の前で、それぞれの場面を説明していただいたのですが、言い伝えという遠い存在ではなくて、親近感というか、年末年始に親戚が集まった時によくある思い出話、ご先祖さまのお話みたいな感覚で話が進むので、笑いがこぼれたり、うんうんとうなづいたり、ご近所から集まられたみなさんとのお話が居心地よくて、薩摩ことばが心地よく聞こえてきました。
私は田舎がないので、郷愁や懐かしさの本当の感覚は、わかっていないのかもしれないのですが、懐かしくて安心する。って感覚はこんななのかなぁ。って思いました。
〇〇さんちのみかんの木から、よくみかんを貰って食べていたとか、うさぎ狩りの話や、後に紹介しますが、西郷さぁ が滞在していた家で銃が暴発してしまい、当時は茅葺き屋根だったので、銃弾が屋根を突き抜けたお話とか。
西郷さぁの展示室の奥には、地元出身の絵本作家、矢島太郎さんの国内初公開の絵画や、幕末明治期の資料などの展示もありました。
廊下で地元のみなさんと枇杷茶を頂戴しました。
枇杷茶は初めていただいたのですが、素朴な優しい味わいでした。
おもてなし隊の隊長さんのご案内で、展示館から、近道の民家の花壇や畑の横を横切り、裏道をしばらく進んで到着したのがこちら。
西郷さぁは、『ちょっ、しもた〜』(しまった)と言ったとか。
この地から辺見十郎太らを従えて、鹿児島に引き返したと伝えられていますが、諸説あり、鹿屋市の高須にある田中吉右衛門邸や、高山での狩猟中に急報の知らせを聞いたとの説も有力なようです。
急報はどちらの地で聞いたのかは、定かではありませんが、この根占の地には、狩りの為に数度訪れ、滞在されているようです。
個人で管理されているため、普段は鍵がかかっていますが、事前に連絡すれば、どなたでも無料で案内していただけるそうです。
実際に西郷さぁ が使用したと伝えられる手水鉢 (手前)と、浴槽です。
身体が大きかったのに、このサイズの浴槽では、とても入れそうな気はしませんが。
滞在中は、平瀬十助さんの娘さんが、身の回りのお世話をしていたらしく、顔を洗うための水を朝運んで行くと、西郷さぁは、もうすでにこの手水鉢で顔を洗った後だったりなんて事がよくあったそうで、早起きだったのかもしれないですね。
室内で銃の手入れ中に、暴発した銃弾の跡です。
この神棚も当時のままだそうです。
奥の畳の辺りに西郷さぁ はよく横になっていたそうです。
古い住宅なので、床が少し波打っていたりします。
屋根と入り口のガラス扉、畳等以外は、そのままで保存されているようなので、この梁の高さだとかなり身を屈めたりしないと、頭をぶつけたりしたんじゃないかと。
展示館がオープンしてから初の見学者ということで、地方から来た事もあったのか、お宅の中でお茶とお菓子をいただきました。
寒空で指先も冷たくなっていたので、みなさんとしみじみしながら、西郷さぁ が滞在していた同じ空間で、一息。
心から温まらせていただきました。
菊次郎さんの三男、吉之助さんの書だそうです。
この地に来てみて、西郷さんの人柄をより身近に感じたのと、これほど親しまれ、大切にされている偉人の方って、他にはどうしても思い当たりませんでした。
ちょうど龍馬伝という大河ドラマの頃に、高知を訪れ、桂浜やドラマ館を周ったりしたことがあるのですが、その時感じた感覚と、この鹿児島の地を周った感覚とはまるで別なんですよね。
どちらも郷土の偉人であり、大切にされているのは変わらないのですが、親しみ度合いと言うか、生活の一部分の何かが西郷さんと繋がっているような心の距離感、西郷さんがいつも見守ってくださってる。みたいな信頼感が伝わってきて、たぶん西郷どん以外にそんな偉人の人は、日本にはいないんじゃないかなぁって思いました。
それって凄いことだなぁ。って。
亡くなってもなお、生き続ける。
人は二度死ぬ。と言う話があって、それは、実際に亡くなった時、もう一度は、人々の記憶から薄れていく時。
そういう意味では、人々に大切に慕われている西郷どんはまだ死んでいないんですよね。
私の中では初めての感覚で、とても新鮮だったし、鹿児島の人に何か聞けば、何かしらの西郷どんの逸話を聞かせてもらえる土地って、本当に素晴らしいなぁって。
こちらの展示館には、大河ドラマに関する展示物はありません。
大河ドラマを観て、西郷隆盛さんに興味を持った方や、雄川の滝を実際に見てみたい思ったみなさんなら、フェリー港からすぐなので、ぜひ立ち寄っていただけたらと思います。
雄川の滝を訪れた、南大隅町編② へと続きます。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
もう2月なんですね。
西郷どん放送から一ヶ月、早いですね。
今朝は雪混じりの朝でした。
昨夜の雲霞の皆既月食。
こちらでははっきりとは見えなくて、
綺麗ですね。とは言われることはないだろうけれど、
遠い指先の記憶に、それでも月は綺麗ですよ。と問いかけたくなるような。
それぞれの想いで見上げる月模様、ロマンチックですよね。
全国的にインフルエンザが猛威を奮っているようですね。
みなさまもどうぞ、温かくしてご自愛くださいませ。