リョウのボヤキ@ameblo「モジモジしながら我慢するっ!!」
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まさかの病院のベッドの上から書いてます。
だいぶよくなってきて明日には退院できるらしいので、
1ヶ月も前になっちゃったけど、7/26のトモヒロ氏のワンマンライブについて書こうかと...。
決して暇過ぎてやることがないから書くことにしたわけでありません。
決して...。


さかのぼることライブの2週間前、彼が静岡のUHUでライブがあって、
そのあとで一緒に久しぶりに飲みに行ったわけ。
場所は懐かしのハニロ。
もちろんヒューガールデンとフレンチフライ。

ハニロと言えば、
2010年12月の静岡サナッシュでのワンマン打ち上げで、ヒナ吉も含めたトモヒロ君、コウヘイ氏の4人みんな(ダイキダンスはまだ加入前ね。)で翌年の三島市民文化会館でのホールワンマン開催を決めて、新たな決意を胸にしていたことを思い出します。

その頃バンドはコンスタントにワンマンライブを出来るようになっていたけど、なんとなく先の見えない感じにオレ自身はいつ辞めようか考えてたんだよね。
なので、実はこのホールワンマン決定がきっかけでオレは1年残留決定となったのです。笑
(そしてホールワンマンの後にも、もう1年残留が決まるわけで。笑)

話がそれました。笑


そのハニロでトモヒロ氏にワンマンライブでギターを弾いて欲しいと言われるわけです。
やはり彼に言われたら断れません。
ギターとトータルアレンジで製作に関わった彼の新曲「よってかっさい!」とchild eggの「everyday」「ブランケット」の3曲ということで引き受けることにしました☆

本番まで1週間と少し。
2年半振りのステージ、長いあいだ使っていなかったステージ用の機材を引っ張り出してチェックしたり。自分が弾いてたフレーズとはいえほとんど忘れてるので、CDかけて譜面見て覚え直して。
静岡組のサポートメンバーでのリハーサルでスタジオに行けば、偶然懐かしい人たちに会えたり。
そんなふうにして、バンドを始めたばかりの中高生のような感覚で、わくわくしながら当日を迎えられました


当日、ソールドアウトとなった会場は、
まさにフルヤトモヒロらしい暖かい雰囲気に包まれていたような気がします。
child eggとはやはり違う、新しい彼自身の音楽を今も演り続けているんだなーと実感できるものでした。
そんな彼の音楽に魅せられて集まったたくさんの人たちに、3曲とはいえその音楽を届けるサポートができて本当に良かったです≧(´▽`)≦
加えて、child eggの頃から応援してくれていて、今も変わらず彼を応援する人たちの懐かしい顔を久しぶりに見ることもできて嬉しかったです。

そしてトモヒロ君との、child egg以来、約2年半振りのステージは本当に感慨深いものでした(ノ´▽`)ノ


ちなみ...僕の出演はまったく告知せずに当日を迎えたわけですが、
当日驚いてくれた人がいたなら幸い☆
ささやかなサプライズ成功です!

もし、開場中からステージにセットされている5150IIのアンプや機材に気付いて「もしや出てくるのでは??」なんて察した人がいたならそれはすごい!!
そうでなくてもステージに一人分多い機材セットが中盤までずっとあるわけで、不自然さはあったと思いますが...。笑


そういうわけで、
オレも製作に関わった「よってかっさい!」も収録されている、フルヤトモヒロのミニアルバム『feel』をぜひぜひよろしくヽ(*・ω・)人(・ω・*)ノ


ではまたどこかで、
ばいなら(・ω・)/
少し前の話になるんだけど、
ギター、プログラミング、アレンジで僕が参加した作品が3月の終わりにリリースになりました!!
と言ってもトモヒロ氏が依頼を受けて制作した作品ですが...。笑

全国流通ではないようなので、おそらく彼のライブ会場限定での販売だと思われます。
http://ameblo.jp/childeggtomohiro/entry-12004025410.html


「よってかっさい」という作品で、
彼がラジオパーソナリティーやディレクターとしても活躍している御殿場にある「よさこいチーム」のイベントのテーマソングということで依頼を受けたそうです。
と言ってもどうやら自ら制作を買って出たらしいんだけど。笑


秋頃に、
2年振りにトモヒロ君と一緒にステージを演ったときに話をもらったのがきっかけで、
child egg解散以降はずっとギターも制作もやってなかったから、
そのときは迷いながらもとりあえず、デモだけはもらって。

最初トモヒロ君からは「ギター」としてのオファーだったんだけど、
デモを聴いてるうちに、結局ギター以外にも口を出したくなってしまい、
最終的にプログラミング、アレンジってかたちで、けっこうトータルで携わってしまったわけです。笑
制作の仕事は3年振りではあったけど、まさにchild eggの頃と同じ制作スタイル☆
特に終盤の「evryday」と近いスタイル。


はじめは、個人的に
「よさこい」「お祭り」「踊り」=「ダンス」「EDM」って強引な感じで、バンドサウンドから離れた方向性がおもしろいかなって思いながらギターや鍵盤を入れて制作していったんだけど、
クライアントであるよさこいチームからの要望や、それを聞いたトモヒロ君からのリクエストで、EDM寄りなドラムの音色を生ドラムに近いものに変更していったり、ギターもクランチ気味だったものをハイゲインにしていったり...。


その後のミックス・マスタリングはオレは立ち会ってないんだけど、
完パケしてトモヒロ氏から送られてきたCDでは、
なんだかんだでギターやベース、ドラムが前に出てくるバンドサウンドになっていて、懐かしくてニヤっとしてしまいました☆


結局制作に取り掛かってから完成まで、トモヒロ氏とは電話かLINEのやり取りで、
実際に会ったのは、彼のほうでマスタリングまで全て終わった4月上旬に彼がライブで静岡に来たとき。
ライブ前ではあったけど、ご飯やさんで一緒にピザ食べてお互い労をねぎらったのでした。笑


そんなわけで、ぜひ機会があったら「よってかっさい」聴いてみてほしいです(´∀`)


これを気にレコーディングや制作のお仕事とか再開しようかしら。笑

半年ほど前からオフィシャルサイトでお知らせしていたとおり、
childeggは11周年を迎える4月7日に解散します。


解散の理由は、

一言で言ってしまえば「方向性の違い」なのかもしれません。
メジャー・インディーズ問わず、同じような言葉で解散や活動休止を選んできたアーティストたちを今までいくつも見ながら、
「なんだよ!?方向性の違いって…」
なんて思ってきたけれど、結果として僕らも同じみたいです。


それ以上の解散にいたった事細かな理由なんてものは、
きっとトモヒロ君、コウヘイつん、ダイちゃん、スタッフ、そして僕のそれぞれが、
たとえすぐそばにいる誰かに直接説明したところで、
すでにその瞬間から少しずつ本当のことから離れていって、
すべてを伝えるなんていうのは簡単じゃない気がします。
それに、すべてを伝えるべきじゃないこともあると思っています。
それはやっぱり僕ら4人にしかわからないことだと思うんです。


僕がchild eggに加入したのが9年前。

はじめてトモヒロ君に出会ってその楽曲を聴いて、
「彼の書く曲だったら、自分が弾いてアレンジして一緒に作っていったら絶対いいものができる!」
そんな意味不明な(!?)自信とともに僕は加入しました。

今でもその想いに変わりはありません。

でも、childeggが解散するってことは、
僕のその自信や使命感のような、それを果たす場所はなくなってしまうわけで、
演り続ける理由、ギターを引き続ける理由はもうないと思っています。


だから、
想い描いていた場所に辿り着くことはできなかったけれど、
はじめてギターを手にしたときから、
child egg、そしてchildeggとしてやってきた今まで、
ずっと持ち続けてきた僕の想いはここで一旦しまうことにします。


実家の物置きに仕舞われていた母親のアコースティックギターを見つけたのが12歳の冬。

ギターがあったから今の自分があるのは間違いありません。

応援してくれたみんな、同じ場所を目指して競演してきたバンド仲間、ライブハウス・関係者の方々、
直接一人一人にお礼を言えないのが残念です。


でも、本当にたくさんの人と出会って、そして別れもあって。

そのすべてに感謝しています。


ありがとう!


忘れもしない、今はもうなくなっちゃった東静岡のデニーズで、
初めてトモヒロ君に会ったときに聴かせてもらった曲でした。


デモの段階の音源だったけど、解散に際してのコメントで書いたとおり、

「この曲のギターを自分が弾いたら絶対かっこよくなる!絶対やりたい!」

そう思ったあの日ことは今でも覚えています。


それから少しして、当時のドラムのヒナ吉を含めた3人でスタジオに入って音を出してみて、

そこで晴れてchild egg加入となりました。

実は一回トモヒロ氏には「今回はご縁がなかったことに…」的な感じで言われてたり、

ほんとはもっとそこに至るまでいろいろエピソードがあるんだけど、そこは割愛☆笑



最初に音を出した楽曲がめぐりめぐって、最後の最後にもう一度アルバムに収録されて、

ライブでもまた演奏される曲になったのも感慨深いです。


「マインドア」のライナーノーツで書いたように、

この曲を含めて『薬品1号』『0.3』あたりまでは、オレのシンセや打ち込みのアレンジは、まだ登場していなくてシンプルイズベストな頃の楽曲です。


今回の「ひかりをてらすうた」の『IN THE LIFE』収録にあたっては丸々再レコーディングとなりました。

しかも当時以上にシンプルで、ギターのオーバーダブすらもなし!

ギターソロの後ろの音の薄さがナマナマしすぎます。笑


そんなこの曲もやっぱり大切な曲です。



そんなわけで、

これで『IN THE LIFE』収録全曲のセルフライナーノーツを書き終えました。

それぞれの曲の制作過程やエピソードを、
ソングライターであるトモヒロ君とはまた違う、
ギタリストやアレンジャーのオレからの視点で独断と偏見で、
そして若干マニアックに書いてきました。笑
ほんの少しでも楽しんでもらえたなら幸いです。


リリースのためにレコーディング途中だった昔の曲も、
4人で制作途中だった新曲もほんとはまだあって、
それをみんなに聴いてもらうことができないのが残念です。


あたりまえのことだけど、

これからchildeggという名前をもう耳にすることもなくなっていって、

childeggのことを少しずつみんな忘れていくと思うんだけど、


たまたま1年に1回の部屋の大掃除とかで、ふとchildeggのCDを見つけたりなんかして...、

それか、卒業とか就職とか結婚で引っ越しするときにふと見つけたりなんかして…、

大学とかだったら最長4年後か!?笑



そんなタイミングで、childeggの曲を


願わくば10年先も1000年先も、


1000年先は無理か…(笑)


聴いてくれる人がいたらいいなって思ってます。




それじゃあ、またね。


この曲、通称「街~いしま、すき~」なわけですが、

タイトル通り、ダイキダンス・石間大貴のピアノとトモヒロ氏の歌がとても素敵で、

この曲の詞とメロディの良さがすごく伝わるんじゃないかなって思います。


なので、ライブであえて4人いる場でも、

オレとコウヘイは演奏することなく2人に「街」のこのバージョンを任せたりするシーンが何度もありました。

やっぱりそれはchildeggとしてこの曲に自信があったからこそで、

アルバムの最後の曲としてもすごくいいかたちになったなって思います。



そんなこのライナーノーツも解散コメント発表後に書いたので、

日にちを操作しております。笑


現在、4月6日(土)0時02分。


「feeling up!」が初期、「アイ・ラブ・ユー」「街」が後期の代表曲だとすると、
中期は「continue」と「マインドア」になるんじゃないかな。
2007年、2008年とかだったかな。


当時、っていうか今もだけどあまりオレには縁のないクラブなるものに先輩に連れて行ってもらってたときがあって、
ハウスやR&B、エレクトロとかサイケとか、そしてトランス!
結構バンドから離れた音楽も聴くようになったのね。

そんな中スタジオで作っていてほぼ3人のアレンジが固まっていた曲を、
その先輩との共作に近いかたちで打ち込みや鍵盤を入れてアレンジしたのが「マインドア」で、
3人以外の音(ボーカル、ギター、ベース、ドラム以外の音のことね)を初めて入れた曲でした。


それをきっかけに、制作の流れが
トモヒロ氏の「ソングライティング」
→3人でのベーシックとなる「バンドアレンジ」
→オレの鍵盤や同期を加えたアレンジの「サウンドデザイン」
っていう感じになっていって役割みたいなものが出来上がっていったんだよね。

逆にそれまでオレはどれだけ沈黙してたんだって話だけど、
加入して間もなくて遠慮してたっていうかね。笑


この曲が収録された『ユアナビ』のリリースと併せて、
child egg初のワンマンライブをなぜか静岡じゃなくて東京でやって、笑

初のラジオ番組「child eggのミルクエンジン」をやらせてもらったのもこの頃。
半年間3人でパーソナリティをやらせてもらったわけだけど、
トモヒロ氏があまりに滑舌悪すぎて司会進行役から降格で、オレが替わりにやったり…。

その翌年(たぶん)には、
静岡の「人権週間」のテレビ・ラジオCMにこの曲を起用していただきました☆
最近だとJam9さんやyosuちゃんが起用されてたよね。

そんな感じで今のchildeggのスタイルにぐっと近づいたきっかけとなる曲でした。

って、解散のコメント出したあとにまさかの「フツーにブログをアップ」っていうのはちょっとはばかられるし、

しかしライナーノーツを書ききらないとなんか気持ち悪いので、笑
さりげなーく日付さかのぼってアップということで。


それじゃね。