子どもの体温が37度のとき「熱がある」と心配する人は多い。新型コロナウイルスの流行以来、体温への関心は高いが、「平熱」や「発熱」の基準はどうなっているのだろうか。

コロナ禍で「体温は低いほど正義」

「コロナ禍の影響で『体温が低ければ正義』という風潮が広まった。36.8度ぐらいで解熱剤をほしがる人がいるが、平熱が37度ぐらいあってもおかしくない」と話すのは、鶴見緑地病院(大阪府守口市)の名誉院長、岩坂寿二さんだ。

発熱疾患に詳しい大阪医科薬科大学病院(大阪府高槻市)総合診療科の鈴木富雄さんも「37度でも治療が必要な発熱とは限らない」という。同病院で入院患者に解熱剤を出すのは基本的に38度以上だ。

感染症法で都道府県知事へ届け出る際の基準には「発熱」は37.5度以上、「高熱」は38度以上とあるが「医学的に平熱、微熱、発熱の明確な基準はない」(鈴木さん)。

医師が参考にする「南山堂医学大辞典 第20版」は「通常の変動幅(平熱)を体温が越えて上昇する現象を発熱という。(中略)37度以上を発熱(または37.5度以上を明らかな発熱)とする場合が多い」と説明するなど、専門家の意見も一様ではない。

37度で「微熱と感じる」46%

一般人の感覚はどうか。タニタが2021年にインターネットで全国の15〜69歳男女1000人に聞いたところ、「自分の平熱」は36.5度、「微熱と感じる」は37度以上、「発熱している」と感じるのは37.5度以上と答える人がそれぞれ最も多かった。

 

「発熱している」と考える人のうち2番目に多い(17.5%)のが37度以上だ。「学校や会社を休もうと思う」のも37度以上が20.4%で3番目に多く、37度を熱の節目と考えている人は少なくない。テルモが同時期にした調査も、「休もうと思う温度」以外、ほぼ同じ結果となった。

なぜ37度を発熱と思う人が多いのか。「昔の水銀体温計が目盛りの37の数字を赤く塗っていた印象が強かったからでは」(テルモ)との見方が多いようだ。水銀体温計は環境汚染の懸念から21年以降、製造・輸出入が禁止されたが、古い資料では確かに37の数字が赤いものが多い。

水銀体温計がミスリード?

歴史をたどろう。内藤記念くすり博物館(岐阜県各務原市)などによると、欧州伝来の小型水銀体温計を日本で初めて製造したのは山口県の山崎豊太郎さん。1882年のことだ。だが今日多くの資料が残るのは山口県防府市の発明家、柏木幸助さんが翌83年に製造を始めた体温計だ。ただ、最初から37度を赤く塗ったのか、なぜ赤くしたのかははっきりしない。

山口県立山口博物館(山口市)に残る製造年不明の柏木製「ゼヒ体温計」のカタログでは、36〜37度を「平温」、37〜37.5度を「微」、37.5〜38.5度を「軽熱」と目盛りに記しているのが特徴。

36〜37度は「平温」(柏木体温計のカタログから、山口県立山口博物館所蔵)

37度ちょうどが平温か微熱か分かりにくいが、後に柏木体温計の製造販売権を取得した三共(現第一三共)が戦前の1925年に発行した冊子には「腋窩(えきか=わきの下のくぼんだところ)検温では36度より37度までを平温すなわち常温」などとある。37度を平熱と微熱の分かれ目として赤くした可能性がある。

実際の日本人の平均体温は何度だろう。1千人超の大規模な実測調査は日本では少なく、多く引用されるのは東京大学の田坂定孝さんらが10〜50代前後の男女3094人を対象に腋窩で計測し、1957年に「日新医学」(南江堂)に発表した調査だ。平均は36.89度。37度は「ほぼ平熱」だったわけだ。

日本人の平熱は低下している?

最近では東京都健康長寿医療センター研究所(東京・板橋)の青柳幸利さんが2012〜13年、群馬県中之条町の0〜100歳の町民1645人をわきの下で調べた。結果は起床時36.25度、就寝時36.21度。岩坂寿二さんは「調査方法が違うため単純比較できないが平熱の低下と関係している」とみる。

現代人は運動不足で筋肉が減り、基礎代謝が下がって36.2度以下の「低体温」が増える傾向にあるのが背景という。低体温も厳密な定義はないが、免疫力低下など生活の質を下げるとみられている。

もっとも、早稲田大学人間科学学術院教授の永島計さんは「脇の下などは測り方などによる違いが大きい。本来の体温とは内臓などの深部体温で、1世代程度で平均体温は変わらない」と指摘する。

平熱は健康な状態で安静時に決まった部位で決まった方法で測定する体温。「個人差があるので自分の平熱を把握したうえで、それより1度以上高くて体調がすぐれなければ発熱と考えるといい」

37度は発熱とは限らない。ときには平熱、ときには平熱と微熱の境目となる。南山堂医学大辞典は体温を「いわば抽象的な概念であり、多くの誤解と混乱のもととなっている」と説明している。

1日のうちに1度以内の範囲で変動

記者も自分の平熱を測ってみた。「体温計は習熟度合いによるが赤外線で耳の鼓膜から測るタイプや舌の裏で測る舌下式がより正確」(早稲田大学人間科学学術院の永島さん)だが、正しく測れば深部体温に近いとされる一般的なわきの下で計測した。

下からわきの下のくぼみの奥まで刺すようにし、真下に下ろした腕に対して30〜45度になるようにするといいそうだ。数十秒でわかる予測モードより、10分間の実測モードの方が正確だという。

平熱は子どもは高め、高齢者は低めで、1日の間でも1度以内の範囲で変動する。一般に早朝に低く、夕方が最も高い。計測は起床時と就寝時だけでもいいそうだが、病院のように昼食と夕食の前を合わせた1日4回測った。結果は平均で起床時36.2度、就寝前36.1度と思ったより低かったが、夕方は発熱と思っていた37度になることが多かった。