円売りの波が戻ってきた。7日の円相場は対ドルで1ドル=133円台まで下落したが、一段安を見込む市場関係者は多い。円を売り、ドルなどで運用する「キャリー取引」が次の円安の推進役になると衆目は一致する。20年ぶりの安値を付けた円安が今後さらに勢いを増す可能性もある。

 

「海外時間に円売りが膨らむ日が増えてきている」。ある邦銀の為替ディーラーは、先週あたりから海外勢の動きが活発になってきていると打ち明ける。低金利通貨の円を売って高金利通貨を買い、両者の金利差で稼ぐキャリー取引が盛り上がりつつある状況証拠にみえる。当然、円には下落圧力がかかる。

 

キャリー取引で売る通貨は低金利、かつ変動率が安定している通貨が好まれる。金利差による収益以上に為替差損を抱えることを避けるためだ。米国と各国の3カ月金利差を各通貨の予想為替変動率で割った「キャリー・リスク比率」をみると、円の「魅力度」はスイスフラン、ユーロに続く3番手だ。

だが足元では欧州中央銀行(ECB)とスイス国立銀行(中央銀行)が年内に利上げに踏み切るとの見方が強まっている。ECBのラガルド総裁は「7月に利上げが可能になる」とし、マイナス金利政策も「7~9月期の終わりまでに脱却できる状況になるだろう」と表明した。スイス中銀のメクラー理事もインフレ率が高止まりする場合、金融政策を引き締めるとの考えを示した。

ECBとスイス中銀がマイナス金利をプラス圏まで引き上げれば、米国との金利差は日本が一番大きくなる。そうなれば調達通貨の選択肢が「ユーロやフランから円に切り替わるだろう」(大和証券の多田出健太シニア為替ストラテジスト)。

「(日本は)引き締めを行う状況には全くない」。6日の日銀の黒田東彦総裁の発言を聞き、円売りの意を強くした海外勢は少なくない。株式など様々な資産の変動率が上昇する中、円金利だけは事実上の無風を宣言したに等しいからだ。

 

投機筋の円売りポジションも拡大余地がありそうだ。米商品先物取引委員会(CFTC)の直近のデータによると、投機筋の売買動向を映す「非商業部門」は円を対ドルで1兆1800億円売り越している。2007年のピーク(2兆3500億円)の半分ほどの水準で、ポジションを積み増す余地は十分にある。

キャリー取引の担い手はヘッジファンドなど海外投機筋だけではない。07年に円キャリートレードが盛り上がった頃は、海外から「ミセス・ワタナベ」と呼ばれたFX投資家が大きな存在感を示した。レバレッジをかけて円を売り、オーストラリアやニュージーランドなど高金利通貨を買う取引が流行した。

FX勢の余力は大きい。QUICKが算出した店頭FX5社合計(週間)の建玉状況では、3日時点では約7億ドルのドル買い・円売りポジションと7週ぶりの低水準だ。いったんドルを売って利益を確定したもようだが、それだけに円売りを膨らませる余地がある。

「1ドル=140円も現実的」。別の邦銀ディーラーはさらなる円安に身構える。貿易収支悪化や日米金利差が変わらぬ円売り材料となる中、キャリー取引の復活は新たな円安圧力を生み出す。世界の金融引き締めから取り残された日本の円が、07年のようなキャリー取引の原動力となるシナリオが現実味を増している。