フランスが20日夜、新型コロナウイルス変異種の感染拡大防止策として事前通告なしに英国からの貨物輸送に国境を閉じたことを受け、英国の運送業者や輸出業者は21日、損失の把握に追われる状況となった。

 

英仏を結ぶドーバー海峡の英ドーバー港に向かう道路では、20日午後11時の国境閉鎖に間に合わなかったトラックが渋滞。英政府は21日午前、大陸欧州へのメインルートである高速道路M20にトラックを留め置く緊急措置「オペレーション・スタック(留置作戦)」の実施を余儀なくされた。

ドーバーと仏カレーを結ぶフェリーは英仏海峡トンネルとともにフランスへの大動脈だが、仏政府の措置により突然閉鎖された。ドーバーは英国の物品貿易額の17%を占め、特に生鮮食品の輸出入の要だ。通常で1日1万台のトラックが往来する上に旅客数も多い。

英道路運送協会によると、21日昼時点でトラックの渋滞は数キロに及び、これから欧州側へ戻ろうとするトラックも加わってさらに延びる見通しだ。英運輸省は運送業者に対し、今後数日にわたる「重大な混乱」に備えるよう警告するとともに、ほど近いマンストン空港にトラック4000台を置けるようにすると発表した。

フランス側の通行量は減少

一方、フランス側の通行量は少なかった。英国からトラックが入れるようにする保健上の措置について両国政府が協議する間、運転を見合わせる動きが広がったためだ。「フランスの大半の会社はトラックを送り出さないことにしたため、カレーでは通行量が減った」と、仏全国道路輸送連盟カレー支部のセバスチャン・リベラ氏は話す。

企業側はトラックの渋滞について、2021年1月1日に欧州連合(EU)との新たな貿易関係に入る英国の物流に生じる問題の前触れのようなものでもあると受け止めている。英EUの通商交渉はブリュッセルでなおも継続中だ。

英製造業団体「メークUK」のスティーブン・フィップソン最高経営責任者(CEO)は、すでに工場から輸入部品の納入遅れや輸送コストの上昇が報告されており、早々に事態が収束しないと、業界は31日の英EU離脱移行期間の終了前に逆風の「大嵐」に見舞われると警鐘を鳴らす。

「合意なき離脱になったらどうなるかをうかがわせる混乱だ」と語るフィップソン氏は、英政府にブリュッセルで合意を急ぐよう求めている。

クリスマスを前に英食品飲料連盟は、仏政府の言う通り国境閉鎖が48時間の措置であれば、店頭ですぐに品不足が生じることはないはずだとしている。ただ、それでも遅滞は個々の事業者に痛い損失を引き起こしているという。

英中部ノッティンガムで運送会社バクスター・フレイトを経営するイアン・バクスター氏は、業界全体で「1時間の遅れにつき数百万ポンド(数億円)」の損失が生じていると話す。同社のトラックは、欧州の小売店への衣料品を積んだまま国境の混乱に巻き込まれている。

キャンセルで損失

英東部ピーターバラの運送会社チルターン・ディストリビューションのポール・ジャクソン社長は、遅滞による自社の損失を1日5000ポンド超と見積もっている。「フランスの決定は完全に青天の霹靂(へきれき)だった。取りかかっていた6便がキャンセルされた」と話し、すでに追加のキャンセルも入ってきていて損失は膨らむと付け加えた。

同社はフランスではなくベルギー、オランダへのフェリーの利用も検討したが、1月4日まで予約が埋まっていた。

 

水産物輸送を手がけるペッシュ社のように、欧州側でトラックが足止め状態になった運送会社もある。スコットランド海産食品協会は、欧州市場への輸送がクリスマスに間に合わなかった場合、政府に逸失利益の補償を求めるとしている。「人々の生計と雇用に関わる問題だ」と同協会のジミー・バカンCEOは言う。

英国の貨物フォワーダー(貨物利用運送事業者)、エッジ・ワールドワイドのフィリップ・エッジCEOは、欧州のトラック運転手が危険を冒してまで英国に入ろうとするだろうかと疑問を呈し、すでに不足している輸送力がさらに低下するとみる。「人手の面で荷受けできる態勢にあるだろうか。大抵の場合、そうではない」

英道路運送協会は、国境閉鎖が48時間で解かれたとしても、クリスマスに間に合うよう出国を急ぐトラックが殺到して遅滞は続くと見込んでいる。ドーバー港では21日、ウエスタンドック周辺の道路にトラックが数珠つなぎ状態で駐車し、足止めされた多数の運転手がクリスマスを家族と過ごせるか気をもんでいた。

家具を満載したトラックに乗っていたグレゴール・ジミダウスさん(46)は、個人的に「最悪」の状況だと話した。3週間ぶりにポーランド北部のグダニスクに帰れるはずだったが、クリスマスを妻子と過ごせるか全くわからなくなってしまった。「家族が待っているのに」と悲痛な面持ちで話した。

魚を積み込んだトレーラーを仏北部ブローニュシューメール行きのフェリーに載せた後、運転していたダミアン・ドハーティさんが帰ろうとする先は、それよりも近いアイルランド北西部ドニゴール県のバンクラナだ。トレーラーが戻ってくるまで動けない状態となった今、クリスマスに間に合うようアイリッシュ海フェリーに乗れることを祈っている。

パニック買いが散発

コロナ対策の新たな規制を受けて、すでにパニック買いが散発するようになっているスーパーは、生鮮食品を優先する「グリーンレーン」の導入を政府に求めているが、クリスマスまで十分な量の仕入れは確保できているという。

生鮮食品以外の業種も影響を被っている。医療機器を扱うC&Pメディカル社のオーナー、ピーター・ショウ氏は、年明けに向けて政府から義務づけられている医療器具備蓄向けの安全針がカレーで滞留してしまったと話す。「誰も英国にトラックを送ろうとしていない。帰れるかどうかわからないからだ」

英製薬大手ファイザーは、新型コロナワクチンの供給に影響が生じないよう政府と連携し、海運に限らず必要に応じて空輸も行うとしている。「当社の全てのサプライチェーン(供給網)の運営と同じく、遅延を抑えるべく輸送ルートの状況監視を続ける」という。

By Peter Foster, Daniel Thomas, George Steer, Sarah Neville, Victor Mallet & Robert Wright

(2020年12月22日付 英フィナンシャル・タイムズ紙 https://www.ft.com/)