米連邦準備理事会(FRB)の金融政策で「次の一手」が見え始めた。コロナ禍による景気の長期低迷を見越し、ゼロ金利の長期化を強く約束する「フォワードガイダンス(先行き指針)」の強化が軸となる。基軸通貨ドルの金利は当面ゼロに据え置かれる見通しで、世界のマネーの流れに影響するのは確実だ。

 

■判断材料、物価・雇用の「目標」から「結果」ベースに

 

「近い将来、検討の結論をまとめると確信している」。FRBのパウエル議長は7月29日、米連邦公開市場委員会(FOMC)後の記者会見で、金融政策の枠組みの見直し議論について、こう切り出した。9月15~16日の次回FOMCで方向性が出るとの見方が強まっている。

政策見直しの軸はフォワードガイダンスの強化だ。FRBの事務方は「結果ベースのフォワードガイダンス」を候補に挙げ、FOMCメンバーの支持も集める。政策金利の上げ下げを決める判断材料として、物価などの経済指標が一定の水準に達するという「結果」を条件に据える手法だ。

 

 

今もガイダンスはある。ただ、「雇用最大化と物価安定の目標を達成する軌道にあると確信するまで(金利の)目標レンジを維持する」という、ややあいまいな状態を条件としている。

結果ベースなら、インフレ目標にひも付けするのが自然だろう。たとえば「インフレ率が継続的に2%を上回るまでゼロ金利を続ける」とすれば、性急な利上げを排除し、かなり長期のゼロ金利を確約することになる。

 

■インフレ2%超 許容姿勢を強調 ゼロ金利、長期化を強く約束

FRBが近年強調する「(上下)対称的なインフレ目標」の徹底にもつながる。上下対称というのは、インフレ率が2%に届かない状態も許容する代わりに、一時的に2%を上回る状態も受け入れる姿勢のこと。1つの景気循環など長い目でみて平均的に2%のインフレ率が望ましいとみる。

従来は2%の物価上昇を達成する前から、利上げを決断してきた。このため市場には「FRBは2%割れは許容するが、2%を上回る状態は受け入れない」という見方が根強い。「2%超」を条件にすれば、一時的な2%突破も受け入れる姿勢が明確に伝わり、金利形成や市場のインフレ期待に影響を与える可能性がある。緩和姿勢の強いハト派のブレイナード理事のほか、フィラデルフィア連銀のハーカー総裁ら連銀総裁にも賛同が広がりつつある。

利上げの条件に置く経済指標は物価に限らない。物価安定に並ぶFRBの二大責務である「雇用の最大化」に絡み、失業率などを条件とする案もある。6月のFOMC議事要旨によると、一部のメンバーにも「現在の高失業率を踏まえれば、長期で高水準の金融緩和の明確なシグナルになる」との声がある。ただしパウエル議長は新たな政策の枠組みを「既に実施していることを明文化する」内容としており、すぐに雇用指標を採用するかは不透明だ。

ガイダンスがどんな形になろうとも、相当の長期にわたりゼロ金利を約束することだけは間違いない。FRBはコロナ危機を受けて3月に2度にわたって一気に計1.5%もの大幅な利下げに踏み切り、政策金利を2015年12月以来、4年3カ月ぶりにゼロとした。

 

■ゼロ金利解除 24年以降か

 

FOMCメンバーの6月時点の金利見通しによると、すでに22年末までのゼロ金利予想が圧倒的だ。9月のFOMCでは新たに23年末の金利予想を公表する。22年のインフレ率は中央値で1.7%まで戻る姿となっており、23年に2%に近づく可能性もある。それでも新たな指針のもと、23年に利上げする予想が大勢になるとは考えにくい。

となると、ゼロ金利解除は早くても24年以降となる。24年の物価・金利見通しが公表されるのは来年9月。当面、FRB側から利上げ時期の具体的なヒントが出る可能性は低い。金融危機後、ゼロ金利は08年12月から7年続いた。市場が「終わりなきゼロ金利」を織り込みにかかる可能性もある。

 

 

ガイダンスに並ぶ緩和手段である量的緩和はどうか。3月に米国債と住宅ローン担保証券(MBS)の購入を再開して以降、両者の保有残高は急増した。新たな枠組みでは目的を危機対応から景気下支えへと変え、継続する可能性が高い。「今後数カ月は現行ペースで保有を増やす」とする購入方針をどう調整するかが焦点となる。

市場の注目度が高かった、「イールドカーブ・コントロール(YCC)」は早期の導入機運が後退しつつある。中長期の金利にも目標を設け、利回り曲線全体を制御するもので、FRBはガイダンスと資産購入を補助する役割として想定している。6月のFOMCでは「指針が信頼に足るものなら、導入する必要性は乏しい」との慎重論が優勢となった。

FRB内では戦中戦後の国債価格維持策へのトラウマが強いようだ。当時は戦費捻出の目的もあって国債価格を買い支え、戦後になってもすぐにはやめられなかった。結果的に国債購入の量が巨額になったほか、米財務省と1951年に「アコード」を結んで政策を終了するまで、FRBの独立性が厳しく問われた。複数の参加者からは「中銀の独立性が脅かされるリスクをいかに和らげるか」との指摘も出た。

メンバーは「さらなる分析が有益」との見解では一致する。長めの金利に上昇圧力がかかる状況になれば、導入議論が再燃する可能性もある。

コロナ危機への緊急対応では社債購入や貸出債権の購入など様々な新機軸を打ち出したFRB。景気押し上げに向けた金融緩和策では、「非伝統的政策」のなかでも「伝統的」な手法を軸に据えようとしている。それでも、ゼロ金利の長期化や米国債の大量購入が市場や経済にどう影響するのかは未知数な面が多い。