入院生活は6週間に及びました。

最初はベッドの上で身体を起こせていましたが、22週ごろに子宮口が開き胎胞(赤ちゃんを包む膜)が見えてきてしまったので、以降トイレ以外は完全寝たきりになりました。

食事、歯みがきも寝たまま横になって。シャワーも浴びれないので、助産師さんに簡易タオルで身体を拭いてもらいます。
個室だったので話し相手もいなく、里がえりだったのでお見舞いに来てくれる友人もいなく、ただカレンダーを眺めて何事もなく1日が過ぎるのを祈りながら過ごしていました。

そんな生活のなかで何より支えになったのは毎日お見舞いに来てくれる母でした。

水分を多くとらなくてはと、1.5Lのお茶にジュース類、着替え等、重い荷物を持って片道一時間かけ毎日顔を見に来てくれました。

ある日母に

「毎日来なくていいよ。看護助手さんに買い物も頼めるし。」

と言ったら、こう言われました。


「母親は、子供のためなら何でもできるんだよ。」



そっか、自分は母の子であり、既にこの子達の母なんだ。


それまで、

生きて産まれなかったらどうしよう。

重い障害が残ったらどうしよう。

自分は子供と向き合えるだろうか。

と不安な気持ちでいっぱいでした。

でもこの言葉を聞いて、妊娠するということはその瞬間から親として責任や覚悟を伴うことだと悟ったのです。命を宿すことの重み。何があっても、どんな子でも、この子達は自分が必ず守ろう。そう思うとお腹にいる二人がずんと深くお腹にのしかかるとともに、自分の心臓が強くなるのを感じました。


25週に入ったある日、高位破水し、下にいる子(後の長男)の羊水が少しずつ漏れだしました。
このままだと子供が感染するかもしれない。けど、成長のために1日でも長くお腹に留める必要がある、と先生から言われました。


このとき二人の体重は800g程度。

通常産まれる赤ちゃんの1/3以下です。


それでも私は、「二人に何があっても、私は母親だから大丈夫。きっと愛情いっぱいに育てられる。」というなんの根拠もない自信がもてるようになりました。


そして11/5の早朝、陣痛がきました。

すぐに先生に診察してもらうと、ひと言。


「赤ちゃんは元気だけど、羊水がかなり少なくなってる。手術にしようか。」