友達が、明日誕生日だと言う。
誕生日を前にして、自分の過去のお手紙を書いていた。

ぽろぽろぽろぽろ、涙しながら。

うつ病と闘って何年になるのだろう。
どんなに悔しい思いをしてきたのだろう。

私も、うつ病になってからの事を考えると、悔しくて、惨めな事がいっぱい浮かんで来る。
良かった事も、だからこその出会いも沢山あった。
でも、諦めざるを得ない事も沢山あった。

きっと、未来は良いものになる、これからも続くものじゃない。
良いこと、楽しいことは沢山ある。
そう信じて、信じて、信じて、信じる事しか出来ない。
ただ寝たままに過ごしていた毎日。
今、30分間座る姿勢を維持できる様になって、お風呂に入れない、外に出れないと悩んでいたのが「それは当たり前だ」と思う事が出来た。
座る事もきつかったから(今も30分だけど、休み休みだけど)、食事の姿勢をとるのも、新聞を見る姿勢も、重たい本を開く事も出来なかった。料理もなかなか・・・当たり前じゃないか~
治療中、症状は揺れに揺れる。

肩上がりに良くなる事は無いので、入院して同じ治療をしている友達とも、効いた気がすると思う時と、全く変わらないでこれだけでもか、と思う日もあったり。
動ける日も、ベッドの上で起き上がるのが困難な日もあったり。

症状は揺れる。気持ちが揺れる。考え方が揺れる。世界観や人生観も揺れる。
1日で、数日でも揺れて、自分が分からなくなったりする。

揺れてゆれて、良い所に着地したい。
自分という周囲に対する物理的な影響、心理的影響はどうしようも無いが、静謐でいる事でどうなるかが、知りたい、と思った。

能動的にならず、意欲も意図もなく、ニュアンスが異なるが「自然体」である事。

力を抜いて、楽に呼吸が出来るかもしれない。
只今、入院中。rTMS中。

おなじく絶望を、私よりももっと深いだろう絶望を抱えている友達がいて、私が治るよりも、その子が治った方が良いな、と思った。

でも、私が元気になったら、私は忙しい主治医のお手伝いでrTMSの施行に入る事ができる。
この治療や、変形のrTMSプロトコールでその子の治療のお手伝い出来るのだったら、自分が良くならなくちゃ、と思った。
傷つけないように、と、気遣ってくれた優しい嘘。

汲んであげなよ、と、嘘だと知っての対応。


私にはしないで、私には思わないで。
本当の事が分かりたいの。

嘘が分かった時の悲しさと言ったら、、、
嫉妬は嫌い。
嫉妬すると心が苦しくなるんだもん。

一番の無駄は、自分と人を比べる事。
自分の問題は自分で、人の問題は人ので。
自分が目標に向かってこつこつやれれば良いから。

でも、努力できない時、そんなものが生まれる。
努力できるようになりたい。

そのために、努力しよう。
それぞれの、いろんな花が咲きます様に、と、パンダのコップに「花花(ファーファ)」と名付けました(*^^*)
朝が悪くて夕方にかけて、少しずつ、体調が良くなる。
でも、まだ楽になるのは23時過ぎてからで・・・
夕方でも動けない事は、普段夜にしか帰って来ない家人には分からなくて、イライラさせちゃう。。。
という友人がいた。

私に関するあらゆる事を批判するので、ちょっと元気な時に主にうつ病について真剣に話したけれど、統計無視、論理もなく「うつは甘え」(その子も違う精神病をもってる)と揺るぎない決意でいう。

話し合いにならないので、結局決裂した(他の価値観も全く違うし)。

今日は仕事もあり、まだrTMSの背内側前頭前野への刺激まだ3回目なので、ぎゅーっと押し寄せる「死にたい」に抗っている。

今日は批判に対する元気もない。