
美咲ちゃんとの出逢いは、今から6年前の5月。
その年の3月、私は4歳になった相棒…らぁすけを亡くした。らぁすけとは、犬の名前。本当は、ライアンって名前だったんだけど、いつからか、らぁすけ、らぁさん…いろんな名前で呼ばれてた。そのらぁすけを亡くすまで、仕事のお休みはいろいろと出掛けてた。下の道で半日かけて、東京まで行ったこともあった。それがらぁすけを亡くしてから、仕事には行けたものの、休みの日は一切出掛けることが出来なくなり、休日は引きこもり状態になってしまった。
そんな私に「面白い所があるから一緒に行こうよ」と誘われ、連れていってもらった場所が美咲ちゃんのライブでした。
それから、仕事の合間に何度かライブに行かせてもらった。そして少しずつ休日も外へ出るようになり、映画館に行って映画を観たり、ドライブしたり…と、休日も外へ出れるようになれた。おそらく美咲ちゃんがいなかったら、ライブをしてなかったら…今の私はいないだろうな…。今の私がいない…それは、旦那も息子もいなかったということ。もし私があのままいたとしても旦那はいたと思う…。でも息子は、おそらくいなかっただろうな…。
私は、一度息子を堕胎することを選んだ、最低な母親です。
先ほどのらぁすけは、2度目に飼いはじめた犬。一番目の子は、今から10年前の2月、ある公園で事故に遭い、生後7ヶ月で亡くなりました。その子の代わりとして、らぁすけを連れてきたんですが、どちらも短命でした…。らぁすけを亡くした時、私はこれ以上、生命あるものを飼ってはいけない、育ててはいけない…そう思っていたから…。それに、私には障がいがある…こんな私のところに生まれてきても、幸せにはなれない…だから、息子がお腹の中にいるとわかった時、私は、例え殺人者だと呼ばれようと、そうすることを選んだ…。
でも、予定日を先生から言われた時、息子は、らぁすけなのかと思った。らぁすけが亡くなったのは、3月25日。息子の予定日も3月25日。こんな偶然って…。
美咲ちゃんがよく言う、私達の生命は、何万年、何千年もの時間をかけて、受け継がれてきた生命なんだって言葉…。それがずっと引っ掛かってて…。受け継がれてきたものを、私の勝手な想いで、このまま途切れさせてしまっていんだろうか…。いろいろと悩んで、考えて…結果、私には途切れさせることが出来なかった…。だから、息子は今ここにいる…。美咲ちゃんとの出逢いがなければ、例え偶然があったとしても、産むという決断にはならなかったと思う。ありがとう。
美咲ちゃんと出会ってからの6年の中で、美咲ちゃんはいろいろと変わりました。本名で活動するようになったり、髪切ったり…。女性が伸ばしてた髪をバッサリ切るって、相当の覚悟があってのことだよね。私は…何も変わってないかな。環境が変わっただけのような…(笑)
息子が生まれてしばらくは、髪を1つにしばっていたけど、今はそれをしていない私。耳を出すことで、いろいろと言う人もいるので…そのことで息子が標的になってしまうような気がしてなかなか出来ない…。でも、いつまでも隠し通せることが出来ないのも事実…耳を出そうかな…。
美咲ちゃんの歌の中で、ずっと好きなのは、「ありがとう」という曲。
私がする手話を見よう見まねで真似する息子、一緒に口ずさむ息子…(笑)それが手話であることなど知る由もなく、楽しそうにしている息子。いつか私の障がいのことを知る時がくるでしょう。その時、息子が何を思うのかはわかりませんが、今はただ一緒に音を聴きたい…そう思います。だからこれからも、息子と美咲ちゃんのライブには行こうと思います。出来ることなら、野外で、空の下で聴きたいなと思います。空にいる子達にも届くように…。
そして、もうひとつ好きなのは、「祈鶴」。
いつか息子が、折鶴を折れるようになって、美咲ちゃんが広島へ行くとき、その時は息子の折鶴持って行ってもらえたらと願う。保育園にいるみんなとやってもいいと思う。
出逢い編にはなってないかもしれませんね…。ごめんなさい…。