涙が耐える日は

きっと

人類が滅びる前触れ

とも言える。



私は

どんな医者にも

心理学者にも

解けない心



そこに尽きると

想っている

けれど

それは決して

平等ではない

家庭環境ないし

生まれ持った

体質ないし

遺伝子ないし

発達の個人差

それに伴い

容姿、また

知能を求めるのも

ひとつの本能

決して

希望ある未来への

兆しがみえると

言い難い現代で

そういった事への

不平不満

抱くことは

何ら間違いでもない

当然

自らの責任を

取りきるのであれば

あなたの生きる糧は

なんですか
と、問われた時

怨みや憎しみ

復讐だとしても

筋が通っていれば

それは

一つの希望と言える

大切な人を殺され

犯人が裁かれたとし

少年法であれば
その罪は等しくなどない

死刑や無期懲役で
気が晴れる日はこない

死刑判決といえど

今日もどこかで暮らし

その日を待つだけで

充分な暮らしをしている

また

理不尽な病をかかえ

なぜ自分だけ

なぜ家族がこんな目に

そういった事も

なんら平等などではない

心に棲む

愛があってこその

苦しみや痛み

それは

その人の分まで生きる

ということが

本当に正しいだろうか

人ひとりの人生

出来ることは沢山ある

私は簡単にそれを

背負いきれない

「一緒に生きる」

という

それしかみえていない

抱えるでも

背負うでもない

龍桜、として

未来。や希望。

それも

私の本音ならば

Stellaでの歌詞

すべてが私を示す

遺書ともいえる。

過去を恥じ

度外視する気は無い

謳歌するのであれば

綺麗事も謳えば

根底にある

精神科での隔離室

カビの生えた井戸の底

水道すらない独房

そこから

未だ手探りとも言える

その想いは決して

忘れることはない

事実

そこへ堕ちた人間の

数人が亡くなったのを

観てきた以上

守れなかったことも

代わることもできず

寿命も分け与えれない

それは

死における

真実

現実

唇は引きちぎるほど

奥歯は歪むほど

噛み殺し

消化し

いつしかそれを

昇華できることも

平和が訪れることも

国をよくすることも

世界をよくすることも

マイケルジャクソンにも

無理なのだから

音楽の中には解けない

だから私は

絶望でも

希望でもない

と、初めに説いた

非日常的な世界へ

少しでも目を向け

また

ある種の気休め

“降伏”

とも言える

次には

それが強く出て

いるのかも知れない…

製作期間中の事は

あまり難しく

考えないようにし

頭の中で

ファイルに納め

大きなRemixだとかは

しないのも

実は

そのデータ

あっさり無かったりする

よっぽどでないと。

「ここ、なんでこんな
メロディにしたんだ
歌詞にしたんだっけ」とか

軽い健忘症に苛まれ

時にはそれが困るけど

そうでないと

多分心が持たないので…

終えたものに興味ない

とかではないんです

でも

それもまた

振り返って冷静に

いいか悪いかだったり

極論、手直ししたいな

ってなっても

その“出した答え”から

逃げそうになる自分を

律したいのもある。

特に

私は優柔不断なので。


夜想曲を描いて


その後

私はパートナーと

知り合って

愛を知れた気がする。