どうも!りたです。

 

今回は、前回書いた、

 

思考その12〜卒業式の学長挨拶「弱者をいたわる気持ちを持って」から考えたこと:前編〜

 

の続き、学長の挨拶を聞いて自分自身が何を考えたのか

 

について書きたいと思います。

 

学長が挨拶で何を話したのかは、上記の「思考その12」から見れますので、

 

確認してみてください。

 

(内容に合う写真は特にないので、目の前の景色を撮ってみた。)

 

【その前にスタンス共有】

私、今までは批判することが好きでした。

 

もちろん今でも好きですが。笑

 

その理由は、

 

「そうだよね〜」「わかる〜」

 

という、同意だけでは何も深まらないから。

 

"あえて"批判することで、自分の思考も相手の思考も深まるし、

 

「いや、そうじゃなくて!」っていう反論するときにこそ、

 

自分の大切にしている価値観に出会えるから。

 

今でもそういう瞬間はあるんですが。笑

 

恐らく数ヶ月前の自分だったら批判をしていましたが、

 

今回は批判ではなくて、

 

学長が、なぜその発言をするに至ったのか

 

について思考したことを書きたいと思います。

 

 

 

【きっかけはTwitter

何事も批判するスタンスから、

 

「なぜその人はその発言をするに至ったんだろう?」

 

という背景を考えるようになったきっかけは、

 

自分自身のTwitterのタイムラインでした。

 

この世界で、1番偏っているのは、新聞でもテレビでも雑誌でもなく、

 

自分自身のSNSタイムライン

 

です。

 
自分の好きなアカウントをフォローし、
 
自分の思想/価値観/信条に合わないアカウントはブロックできる。
 
そうして出来上がるのが、自分にとって心地の良いネット上の社会です。
 
そしてそれがあたかも現実社会かのように誤認してしまう。
 
それが嫌だったので、数ヶ月前から
 
自分の思想/価値観/信条に合わないアカウントをフォロー
 
してみました。
 
その結果。
 
なぜそんな考え方に至るのかわからない
 
という発言がたくさん。笑
 
そして当然のことながら、
 
自分の思想/価値観/信条とは異なる"架空の人"へ向けた誹謗中傷も。。。
(具体的な個人だけでなく、
「◯◯という考えを持った誰か」へ向けた言葉が多い印象でした)
 
この誹謗中傷コメントを見て
 
あ、この人たちは単なる批判のつもりなのかもしれない
 
とも思いました。
 
でも、批判で自分や相手の思考を深められるのは、
 

"信頼関係"ができている場合だけ

 

だと痛感しました。

 

お互い尊重し合っていないと、ただただ人格否定になってしまう。

 

人格否定は何も生み出さないどころか、

 

人を傷つけ、時には死に追いやってしまうこともあるかもしれない。

 

 

【批判の意味】

 
批判ってそもそもどんな意味だっけ?
 
というのも確認。
 

ひはん【批判】

(名)スル

① 物事の可否に検討を加え、評価・判定すること。「学説-」「 -を仰ぐ」 

② 誤っている点やよくない点を指摘し、あげつらうこと。「政府の外交方針を-する」 

③〘哲〙〔ドイツ Kritik〕人間の知識や思想・行為などについて、その意味内容の成立する基礎を把握することにより、その起源・妥当性・限界などを明らかにすること。

参照:大辞林 第三版

 
なるほど。
 
多分①②がよく使われている「批判」の意味かも。
 
①②の意味で批判をするにしても、
 
意見と人格を切り離して批判する
 
お互い尊重し合う
 
という安心安全な場づくりができていて、
 
しっかり面と向かって「私はこう思う。なぜなら〜」
 
と言えるなら批判もバンバンできるけれど。


・文字以外の情報がほとんど見えない

 

・匿名の

 
ネットの世界では、安易に批判できないな
 
と思いました。
 
自分は批判のつもりでも、相手がどう受け止めるかわからない。
 
自分の意図しない形で相手に伝わってしまうのは本意ではない。
 
だから!!
 
 

今回は①②の意味ではなく、③の意味、

 

つまり

 

なぜその考えや発言に至ったのかを探ります。

 

と思ったんですが。笑

 

スタンス共有だけで1,500字超えてしまったので、

 

今回は中編ということで。笑

 

自分が思ったこと考えたことは、

 

次回書きます。

 

では。