どうも!りたです。

 

卒業式の学長挨拶を聞いて考えたことを書こうとしたら、

 

前置きが長くなってしまい3分割になってしまいました。笑

 

本当は3月中に、このシリーズは書き終える予定だったんですが。

 

そんな言い訳はさておき、前回、前々回の内容は下記をご覧ください!

 

⬇️学長挨拶の抜粋はこちら⬇️

思考その12〜卒業式の学長挨拶「弱者をいたわる気持ちを持って」から考えたこと:前編〜

 

⬇️自分の思考したことを書くにあたってのスタンス共有はこちら⬇️

思考その13〜卒業式の学長挨拶「弱者をいたわる気持ちを持って」から考えたこと:中編〜

 

というわけで、ようやく本題に入りたいと思います。笑

 

 

【3つの着目ポイント】

学長の挨拶を聞いていて、自分が考えたいと思ったは

 

"誰が"世界を"翻訳"するのか

 

ということ。


ここでいう"翻訳"は、ある種の比喩表現です。

 

この比喩表現については後半部分で触れます。

 

「誰が世界を翻訳するのか」を考えるために、

 

「強者/弱者」というワードに込められた意味

・具体的な行動としての「いたわる」とは

 

について考えていきたいと思います。

 

 

 

【強者/弱者というワードに込められた意味】

 

私たちの身の回りを見渡すと、

あまりにも強者の理論が支配しているように見える

 

だから、

 

本学を卒業または修了する諸君には、

弱者をいたわる気持ちを持っていただきたい

 

この時点で、

 

「強者弱者って何?誰?」

 

と、気になってきます。

 

簡単にまとめると、

 

 

こういうことを言っている。

(文字情報を自分のイメージでイラスト化しました)

(初グラフィックなので絵や字の下手さは気にせず)

 

これは、納得。

 

強者と弱者を生み出してしまっているのは、

 

資本主義という強者に有利なシステムで社会が成り立っているから。

 

強者はより強者に、弱者はより弱者になってしまう。

 

そして強者は弱者の取り巻く環境なんて想像もできないから、

 

「貧しいのは、弱いのは、あなたが頑張っていないからだ」

 

そんな言葉が心の底から素直に湧いてくる場合は、

 

ぜひ身を以て「弱者」の経験をした方がいい。

 

恐らく弱者を経験したことがある強者なら、

 

想像力のある強者なら、そんな言葉は出てこないはず。

 

自分は、

 

「自分自身が強者の論理を振りかざしていないか」

 

を常に気にしています。

 

「私は気をつけているから大丈夫」

 

なんて存在しません。

 

強者は基本的に、自分が強者であることに気づきません。

 

強者でいることが当たり前の世界に生きているから。

 

だから常に当たり前を疑う姿勢が必要です。

 

ある部分では弱者であり、

 

ある部分では強者である。

 

これだけは忘れないように。

 

 

【具体的な行動としての「いたわる」とは】

そして学長は、

 

弱者をいたわる制度の拡充が必要です。

 

と言っています。

 

簡単にまとめると、

 

 

こんな感じ。

 

建学の精神のもと、琉球大学では

 

弱者をいたわる制度や取り組みを実施している。

 

そこで学んだ皆さんだからこそ、

 

弱者をいたわる心を持ってほしい。

 

という感じ。

 

そして、

 

機会や成果の平等不平等で強者と弱者の差が明確に出てきます。

その背景には選択の自由が保障されているかという問題があります。

選択の幅を広げるためには個人の持っている潜在能力を引き出すことによって

創造性、クリエイティビティを発揮させることがあり、

ここに大学の存在意義があります。

 

と言っています。

 

つまり、弱者と強者の差は選択の自由であり、

 

選択の幅を広げるためには個人の潜在能力を引き出すことが必要。

 

大学はその潜在能力を引き出す場である

 

ということ。

 

大学の学長として、卒業式の場で、

 

学長自身の最後の挨拶だからこそ、出てきた挨拶なんだろうな

 

そう思いました。

 

 

【"誰が"世界を"翻訳"するのか】

それでは最後に、

 

誰が世界を翻訳するのかについて考えたいと思います。

 

ここでは、

 

誰が=学長が

 

翻訳=世界や社会、卒業生・修了生をどう認識しているか

 

ということ。

 

学長は、

 

社会を強者の論理が支配している世界

 

と捉え、

 

卒業生•修了生を、強者

 

と認識しているように感じました。

 

「あなた方は大学に入学卒業している時点で強者です。

だから弱者をいたわる心を持ってください。」

 

みたいな感じ。

 

これが、学長の翻訳だと自分は受け取りました。

 

自分の翻訳はこうです。

 

弱者を生み出してしまう構造、論理が蔓延している。

 

だったら弱者を生まない社会構造をどう作れるのかを、

 

もがきながら理想や夢を語って、実現方法を探していく。

 

現状課題の解決策として、

弱者をいたわる心を持ちましょう。

 

ではなく、

 

誰もが強者の部分弱者の部分を持っていて、

いつ強者になり弱者になるかわからないからこそ、

自分をポジショニングせずに、

どうすれば弱者を生まない社会が作れるのか

を考え続けたい。

「弱者をいたわる」は上から目線な感じがして嫌だ。

もっと自分のこととして考える視点を持ちたい。

 

これが、学長挨拶を聞いて、

 

自分が考えたことです

 

皆さんは、どんな翻訳をしましたか?

 

では。