盛夏の陽射しを浴びながら松本駅を降り立つ。アスファルトは陽炎を立ちのぼらせ、肌を刺すような暑さが信州にも確かな夏の訪れを告げていた。しかし、ふと顔を上げると、その暑さを忘れさせる風景が広がっている。

 西の空には北アルプスの峰々がくっきりと連なり、穂高から常念へと続く稜線は、まるで空に描かれた一枚の屏風のようである。東には美ヶ原のなだらかな台地が青空を受け止め、どちらの山も夏の陽光の中で驚くほど鮮明にその姿を見せていた。

 

 山々に抱かれた盆地の町であることを、松本は静かに語りかけてくる。城下町の面影を残す中町通りへ歩を進める。

 白と黒のなまこ壁が続く土蔵造りの商家には、工芸品や喫茶店、小さな雑貨店が軒を連ね、ゆっくりと流れる時間を楽しむ人々で賑わっていた。

 古い町並みは決して過去に閉じこもることなく、新しい感性を受け入れながら、静かな調和を保っている。軒先を吹き抜ける風が暖簾を揺らし、どこからともなく焙煎した珈琲の香りが漂ってくる。旅人の歩調までゆるやかになる町である。

 

 やがて女鳥羽(めとば)川へ出る。山から流れ下る清流は、真夏の日差しを受けながらも透明さを失わず、さらさらと涼やかな音を立てて流れていた。川面には青空と白い雲が映り込み、小さな魚影が石の間をすり抜ける。

 

 岸辺の柳が風に揺れるたび、水面には細かな波紋が広がり、その音は暑さを忘れさせる一幅の音楽となって耳に届く。川沿いを歩いていると、小さな石の上に愛らしいカエルの姿が見えてきた。「カエル大明神」と呼ばれる小さな神様である。

 旅人を無事に「帰る」、失くしたものが「返る」、幸せが「還る」。そんな願いが込められた小さな社には、思わず足を止める人が絶えない。大きな神社仏閣とは異なり、誰もが自然に微笑みを浮かべて手を合わせていく姿が印象的だった。

 

 女鳥羽川のせせらぎを聞きながら佇むカエルは、この町の優しさそのものを象徴しているように見えた。さらに歩けば、なわて通りへと続く。

 

 女鳥羽川に寄り添うように延びるこの商店街には、昔懐かしい玩具や駄菓子、民芸品を扱う店が並び、どこか昭和の面影を残している。通りのあちらこちらには大小さまざまなカエルの像が置かれ、子どもたちは宝探しをするように一匹ずつ見つけて歓声を上げている。

 その笑い声は川のせせらぎと溶け合い、町全体を穏やかな空気で包み込んでいた。歩みの先には、黒漆をまとった松本城が静かに姿を現す。白い城が多い日本の城郭の中で、その引き締まった黒はひときわ印象深い。

 

 天守は青空を背景に凛として立ち、堀の水面にはその姿が揺らいで映っている。戦国の世を生き抜き、幾多の時代を見つめてきた城であるが、その周囲には激しさよりも静けさが満ちていた。

 堀を渡る風が頬をなで、遠くから女鳥羽川の水音が微かに聞こえてくる。見上げれば、北アルプスは夕方になってもなお鮮やかな稜線を描き、美ヶ原も柔らかな光を受けて静かに横たわっている。

 

 山は町を見守り、水は町を潤し、人々はその間で穏やかな暮らしを営んできた。その当たり前の風景が、何よりも豊かな時間なのだと気づかされる。

 

 旅先では名所を巡ることばかりに心を奪われがちである。しかし、松本で心に残ったのは、城でも山でもなく、女鳥羽川の絶え間ないせせらぎであった。

 その音は、中町通りの蔵の白壁にも、なわて通りのカエルたちにも、松本城の堀にも静かに寄り添い、この町全体を一つに結んでいるように思えた。

 

 帰り際、もう一度北アルプスを振り返る。夏の強い陽射しの向こうに連なる峰々は、少しも揺らぐことなく町を抱いていた。その麓を流れる女鳥羽川の涼やかな水音だけを胸にしまい、私は松本を後にした。

 

 旅は終わっても、あの日の山の青さと川の音は、信州の澄みきった空気とともに、今も心の奥で静かに流れ続けているのである。(了)