19年12月31日22時 67歳 偉大なる母永眠。
お母さんいままで 味方してくれてかわいがってくれてありがとう
お母さんは私の生きがいでした。
お母さんとの電話、たまに会える嬉しさ、くだらないことで笑いあったこと、怒鳴られたこと、私のことを思って泣いてくれたこと。一緒に買い物にいったこと、二人でおばあちゃんの家に新幹線でいったこと、私が具合が悪いときすぐに飛んできてくれたこと。すべての思い出が私の宝物で私の生きがいでした。
子供の顔見せてあげれなくてごめんね

癌の痛みわかってあげれなくてつらかった。初期癌って嘘ついてごめんね。
臓器もあげられない輸血もできない手術できない癌で悔しかった。危篤のとき側にいて手を握ってあげれなくてごめんね。苦しかったでしょ ごめんね

お母さんは物凄くまわりに気をつかう人だから、見舞いにいってもいつも(悪いね)って癌で苦しいのに言ってて意識が朦朧としていていて、お母さんは皆の人気者だったから誰かがたえず見舞いにきてる状態で眠りたくても眠れなかったし癌を直すことだけに集中できなかったよね、私内心見舞いにきてくれるのは嬉しいけど帰ってくれ!って腹で思ってた。でも見舞いにきてくれる人は母が大好きで会いにきてくれてるから、それは言えなかった。私は良くなってほしかったから、お母さん、人にしつこくされるの嫌いだから私ずっと側にいたかったけど我慢して早く見舞いをきりあげた。お母さん具合悪いのにみんなに笑顔でありがとうねって言ってたね。起き上がるのだって一苦労なのに偉すぎです。

正月は実家に帰りたいと言ってて生きては戻ってこれなかったけど すごく安らかな顔をして笑ってて、安心したんだね。
お母さんのかわいがってたミーコ(猫)がさっきから お母さんの顔をのぞいてるよ お母さんいまミーコと遊んでるのかな?^^

長い闘病生活おつかれさま お母さんのことが大好きなのは これからも変わらないし 私の中でお母さんはずっと生き続けるよ 見守っててね
今年もあと3日。今年はつらいことが重なった年だった。実家がなくなること働いてた会社が廃業したこと最愛の義母の末期癌告知。なんでうちのお母さんがといまも思う。誰に対しても厳しく優しいいつも笑顔な母。冷酷で自己中な義父とは大違い。世の中で1番好きなのが母ならば世の中で1番嫌いなのが父。来年は厄年で345月が大殺界と細木先生の占いであるけど来年はいい年とも書いてあったのでいい年であることを願いたい。
を買いにバイゴー(田舎によくある薬局)にきましたっ

えっとダブルのお買い得品っと

さっきまで雲がすごかったんだけど

太陽が出てきたどー 太陽っていいよねっ体も元気になるし布団もいいにおいになるし 天気がいいと入院してる お母さんも体調がいいみたいだし(^^)