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50代親父の無為な日々

変わり映えの無い50代の日乗とお寺巡り、モノづくりと外出の記録

鳥羽正福寺から伊勢市へ戻り、勢和多気近くの丹生大師へ向かう。

正午ぎりぎりの時間なので、先に御朱印をいただくことにした。

ご住職「お参りは済みましたか?」

私達「いえ、先に御朱印いただいて、それからゆっくりと・・・」

ご住職は御朱印(東海三十六不動のご朱印帳は印をおすだけ)を押された後

「では、どうぞ右からお入りください」

私達「???あ、はい・・・(和尚さんお昼ご飯ええの?)」

 

 ※右にある書院がお堂への入り口

 

ご住職、アタシ達がお堂の内部を見学するのが当然といった様子でずんずん先へ行かれます。

私たちは狐につままれた感じで不動堂の内部へ。

 ※外から網越しに撮った不動堂内部(内部では撮影禁止)

 

知立遍照院以来の間近での対面となった・・・のだが、

ご住職「護摩壇の前へどうぞ」

アタシら夫婦が護摩壇の前、つまり和尚さんが座る座布団の後ろへまわろうとすると

ご住職「そちらでなく、こちらですよ」

 

護摩壇の本当に前、つまり不動さんの真ん前である。

私達「えええ本当にいいんです?真ん前ですけど」

ご住職「どうぞどうぞ」

 

手を伸ばすと触れる(もちろんしません)距離、というのは、去年秋にアイバ不動の阿弥陀堂で経験したけれど、不動尊そして制多迦童子と矜羯羅童子童子では初めてである。

 

ご住職「もともとお大師様が彫られた不動様がいらっしゃったらしいのですが、織田信長に焼き打ちされて・・」と、その土地ならではのステキな歴史話を次々とされてアタシらは感激でボーゼン。

 

堂内は撮影禁止で写真は無いが、写真を撮る気になれなかったのが本当であった。

次に書院へ戻り空海さんの肖像を見る。写真などでよく見かける肖像であった。

 ※丹生大師のものではありません。

アタシ「これ、よくあちこちで見かけるものですよね」

嫁さん「私もみたことあるー」

ご住職「でもね、うちのお大師様の肖像は他のお寺にあるのとは少し違うんですよ」

私達夫婦「????」

(続)