ラウアゴンの足跡

ラウアゴンの足跡

男子高校生やってます。(陰キャ)
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社会の歯車a.k.a.ラウアゴンだ。

遂に社会人生活が始まってしまった。

この生活が始まってもう4か月になる。

あっという間すぎて腹が立つ。

体感もう数年働いた気分だ。

意外とスマホの写真フォルダとか見ると大学生時代が4か月前だったりする。

信じられないほど体感の時間とギャップを感じている。

大学生の1か月は死ぬほどあっという間だったんだなというのを相対的に感じてしまい、寂しい。

 

4か月程前までは「大学生」という肩書を社会で生きている皆様に向かって大手を振って精一杯アピールし、

地元仙台の繁華街をワンピースのイワンコフぐらいデカい顔で闊歩していた。

合法的に死ぬほどゲームをし、街が紅く染まる直前に目覚め、

たまに酒を飲んでは「今日こそは世界を壊せるかもしれない…」と意気込んで

ハイボールやら日本酒を呷り、

すぐにベロベロになって深夜に帰宅するような

ラーメンのチャーシュー1口目の美味さだけを濃縮したかのような生活を送っていたのに………

 

このブログを始めた当初は高校入学したてだった。

その上張り切って入部したダンス部にも全然慣れておらず、

中学の部活を引退してから運動もしていなかった為、醜く膨張した身体によって負荷がかかった膝が壊れ、

そのまま部活動を休み、セカオワのライブに参加した頃の事、今でも思い出す。それから7年。

つまり、このブログも7年目というわけだ。

 

ありえない。ヤムチャが天下一武道会で一回戦を突破したときくらいありえない。(指紋ベタベタメガネクイッ)

 

最近は社会人になってしまったという事実を受け入れることが出来なさ過ぎて、

未練がましく過去にしがみつくかのように過去の遺物達を懐かしんでばかりいる。

先日も当方は通常運転でエモがりを奏でており、今やレトロゲームとして扱われ始めている3DSをやろうと思い立った。

『3DSの「うごくメモ帳」に青春が詰まっているはずなんや!』

と意気込んで3DSを開いてみたものの、中に入っていた作品の大半は

「おそ松さん」のBL作品だった。(何故?)

どうやら、うごくメモ帳の中には俺の青春はなかったらしく静かに「カチッ」という音を立てて閉じた。

 

セカンド青春とも言える妖怪ウォッチ2の真打でもやろうかと思ったらそもそも何故かソフトが無いし、

もはやガクチカにしてて、おかげで就活無双をしていた(諸説あり)リズム天国に関しては、

俺のめちゃくちゃにやりこんだはずの「兄」というデータがあるべきところに、

何故か「妹」というデータがしっかりと上書きされており、その上リミックス2とかで止まっていた。

3DSの時代はどうやら終わったらしい。

 

小学校の頃は良かったな。ランランルーと言って先生にチクられたり、バイオハザードにハマってる話をしたらクラスの女子にチクられてバイオを売られたり、俺が「真ん中の水道の所に口をつけた」という噂が学年で出回り、給食で手を洗うとき真ん中の水道だけ誰も並ばなくなったり。いやー。俺いじめられてたかもしれない。当時何も思わなかったけどいじめられてるかもしれない。

 

そんな話はどうでもいいわ。

4月以降何してたかって話よな。

まずね、引っ越しました。遂に実家を出ました。

上京とはまたちょっと違う中途半端な引越しをして関東に住み始めた。

 

引越しってめんどくさすぎるねんな。手続きが。計画的に準備進めるなんて余裕や‼️なんて思ってたら不動産屋の連絡がクソ遅くて結局、俺が諸々の手続きをスピーディーかつ華麗にこなしていくしかなく、その上会社から依頼しましたんで〜と言われた仲介業者からは8月現在、未だに連絡がない。

お陰でライフラインを全部自分で調べ契約する事になった。仲介業者がもはや俺にお金を渡すべきだろ。

ファッキンペーパーカンパニーめ。ふざけるんじゃないよ。新しい生活始めるねんこっちはよ。元バンドマンやぞ。キラキラしてんねん。歌にしたろか⁉️エモロックに仕立て上げたるぞ⁉️クリシェ使ってエモくしたるぞ⁉️⁉️⁉️

 

話が逸れたが、引っ越したって話ね。

うーん。なんだろうな。思ったよりやっていけてる。少しずつこの街にも慣れてきた。

澄んだ空気とある程度の夜景が見れればそれでいいからな。

食器洗いも洗濯もめんどくさいが、いざやらんといけない環境になるとちゃんと出来る。

意外と人間は適応できるものだと感じることが出来た。

 

その一方で、僕の学生時代使ってた楽器たちは糸が切れたかのように軒並み調子が悪くなってしまった。

変なビリビリした音が鳴ったり、フレットが削れ過ぎてAコードの音が鳴らなくなったり、エフェクターの調子も気まぐれになってしまって、みんなが別の方向を向いている感じ。解散直前のビートルズもこんな感じだったのではないだろうか。

新生活というオノ・ヨーコに俺というジョン・レノン(自認)が取られてしまった結果なのだろうか。

本当に学生生活が終わってしまったんだなと、楽器の調子の悪さから感じられてしまうのも悲しい。

一方で仕事は戸惑う事ばかりで大変だ。毎日新しい知識を詰め込んでいてパンク寸前で何とかやっているよ。

みんなはどう?

そっちはどうだい うまくやってるかい?

 

仙台に居たころは嗅ぎすぎた街の匂いに諦めと吐き気、嫌悪感すら覚え、

仙台という街がうっすら嫌いになりつつあった。

今は心機一転、新鮮な空気を日々吸う事が出来ているので多少気持ち的にはましになった。

あの街にいるとやけに苦しくなる。

恐らく、前進できていない自分の象徴のような街だからだろうが。

 

地元に居た時は

関東なら友達もいるし何とかなるやろ!なんて思っていたが

実際にこっちに来たら仕事の都合上、全然会う事もままならず

部屋で一人「コヒュー…コヒュー…」

という呼吸音と共に孤独死寸前。

 

こんな調子では社会に適応できない上に

「自認大学生」という救いようの無い終わった人間が生まれてしまうと危機感を感じ、

そのルーティンの中にジムをねじ込んでみた。

今年の夏はシックスパックの腹筋とお好み焼きみたいにパッツパツになった二の腕を振り回し、

ビーチでサングラスを着けたドキンダムXみたいになれたらと思う。トリプルブレイカーだし強いんとちゃうか。

腹筋、ご期待ください。(渡哲也)

 

そんなこんなで社会人になり、バンド活動が終了してお金に余裕が出来たので

服を買ってファッショナブル文化人を目指そうと思った。今の時代、「ブランディング」ですからね。

大学時代、スタジオ代と機材代にお金がすべて飛んでいた上に、インスタで「大学生 私服」と調べると人畜無害そうな顔をした裏で女性をバチボコ殴ってそうな男が着るファッションしか出てこなかったし、その上大学にはそんな服を着た奴らか、ラッパー崩れみたいなファッションしている奴らしか居なかった。そんな奴らを横目に「腐れ外道どもが…」と心の中でつぶやき、こんなの着てたまるか‼️こっちはバンドマンやぞ⁉️と思っていた。所謂逆張りAlternative...(ネットリ...)をしていたのでファッショナブル文化人というより謎男A(モブ)みたいなファッションになってしまい、そんな形で大学生活を送っていた。

その上顔がナードコア(と自分では言い張ってるがただのナードかもしれない)なのでせめて身なりぐらいはきちんとしようと思い、数少ない友人を召喚してみたりする。

 

こいつはいろんな系統の服を持っているし俺から見たらオシャレやからファッショナブル文化人だ!本も読んでるし!

なんて安直に思ってしまったのが運の尽きで、

いざ召喚してみたらその友人がそもそも女性だったため、男性服ブランドを知らず、そのうえ自認ナード。読んでいる本も純文学というよりはラノベ系だったため、

ファッショナブル文化人になるどころか冷笑が加速し、

ファッショナブル(ぶる)ナードたちが池袋の街行く人たちを指差し

レショショショショ‼️‼️‼️(笑い声)

うおwうおwうおw

とかやっていたら夜になってしまった。

 

一時期は「ファッションと暮らしのフロア」を自称していた時期もあったが、もう名乗ることは許されないだろう。

しかし帰るにはまだ早かったのでカラオケに行った。友人は古のアニソンを歌い、俺は古傷を抉られてダメージを喰らっていた。

一方俺は腐ってもexバンドマンなのでPK shampooの「旧世界紀行」、アカシックの「8ミリフィルム」、never young beachの「明るい未来」と、いかにもな選曲をして楽しんでいたところ「お前映画好きすぎやろ」と指摘された。

(この三曲は観たくない映画流してたり、フラれて映画観たり、映画みたいな人生送っている歌詞なので)

俺は映画人間なのかもしれない。まあ自称文化人なんでね。

好きな映画ですか?「レオン」ですよ。レオンちゃんかわい~。

 

先日自宅の周りを深夜に散歩していたところ、小学校の向かいの習字教室の作品がライトアップされていた。

薄暗い住宅街の中で一際輝きを放っており、思わず足を止めてじっくりと見てみると、

小学四年生が「新緑」と書いた作品が照らし出されていた。

 

習字を授業でやらされていたときは、「めんどくさい上に無意味で非効率的でなんだこれは。

日本が残した悪しき風習そのものではないか!」なんて思っていたのだが、この「新緑」には確かにパワーがあった。

何故習字で夢や希望といった前向きな漢字ばかり書かされていたのか、それはつまり当時児童と呼ばれていた私たちの未来は明るいという先生たちからのメッセージだったんだと思う。先生に指示されて「絶望」や「地獄」なんて書かされた人はいないだろう。それを深夜の住宅街に浮かび上がる「新緑」の二文字から理解した時、こみ上げるものがあった。

住宅街に魂を象徴するような熱い涙が零れ落ちた。

それに比べ、我々は言うなれば「古緑」。若干虹彩も濁ってきている年齢だろう。

信じたくないものだ。

しかし、我々は古緑ならば古緑なりの力を見せてやろうではないか。と思うなどした。俺らはまだ腐っちゃいないのだ。

 

何となく4ヶ月ほど社会人を続けてみて、社会人生活は思ったより楽しくないという事に気づいてしまった。

例えるなら、先日アマゾンプライムセールがあって、大量に同じ種類のボディーソープの買いだめをしたことに似ている。

別に無意味ではないが、同じことの繰り返しで新しい事への挑戦という刺激を失った味気ない人生。

それを暗に示しているような感じがし、Amazonから届いたとき膝から崩れ落ちてしまった。

 

みんなも所々社会人になった弊害を感じるような時期なのではないだろうか。

友達と連絡していたとき、

ずっと真夜中でいいのに。の「残機」を「残業」と書き間違えていて、

思わず下唇を嚙み締めてしまった。もうあのころには戻れないんだ、と思わされた。

 

こんな社会人もう嫌や。

昔に戻りたい。

地元の仲良しグループはみんなバラバラの県に住んでいるしでもう全然全員で会えない。

ドラゴンボールか。

大学生の時、一度だけ全員で集まれたことがあったのだが、

願いが叶うどころか半分がコロナウイルスにかかった。

やっぱり会わない方が良いかもしれない。

 

振り返ってみるといいこと悪いことそれぞれあるが、しかし、そんな過去こそが今の自分を形づくる何かなのだ。社会人になった今でも根っこの部分くらいは変わらずにありたいじゃないか。今ならクレヨンしんちゃんのオトナ帝国のケンとチャコの気持ちが分かるような気がする。みんなもカーペンターズを聴きながら、適度に過去を振り返って心の奥に「イエスタデイワンスモア」という信念に似た何かを忍ばせておくのも悪くないんじゃないか?

 

またねー。