ラウアゴンの足跡

ラウアゴンの足跡

男子高校生やってます。(陰キャ)
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ラウアゴンだ。僕の大学生活の殆どを占めていると言っても過言ではないサークル生活が幕を閉じた。

今回は卒業式、そして打ち上げを通して沢山の仲間に恵まれている事を実感し、心の奥がまだポカポカとしているうちにこの文書を描き起こして、改めて気持ちを整理しようと思う。割と身内ノリの所もあるがここは俺のブログや!好き勝手暴れさせてもらう。

 

ここで改めてなんのサークルに入っていたのか説明させて頂きたい。僕が入っていたサークルは軽音楽サークルである。僕はそこで4年間ギターを弾き、歌を歌い、ごく稀にたまにベースを弾き、ダンスを踊っていた。(一同:えぇ〜‼️)

 

きっかけは、高校2年生の時、東京事変の再結成ライブの浮雲さんを見て「俺もギターを弾きたい!」となったから。当時ダンス部に所属し、ステージ上で腕や足を振り回し己の身体で全てを表現する事がすごく楽しかった僕は、人前で何かしらを披露するのが好きなんだと自覚したため、大学生活ではギターを持ってステージに立つんだい‼️と鼻息荒くフンスフンスしておった。

 

無事大学に入学し、軽音楽サークルに入れた僕は、本当にこのサークルを楽しめるか不安であった。

楽器体験会の時だったかな、半分以上知らん人達とノリで花見に行った時、「コレが陽キャの見る世界か…」と元卓球部、音ゲーマー、アイドルマスターのプロデューサーという重すぎる業を背負っている僕は感動と畏怖を抱いた。(まあここが大学生活の陽キャ最高到達点だったワケだが。)

こういう下地があるから外部の友人達からは"バンドマンの癖して女遊びもギャンブルもやらん謎の生命体"として4年間扱われていた。酷すぎる偏見。皆さんこれがヘイトです。

 

そんなこんなで不安を抱えたまま活動を始めた私は一人の男(お天気お兄さん☀️(仮名))からバンドを誘われ歯車が動き出した。

(今思えば、彼が居なければ僕はサークルを辞めてただろうし上手く馴染めないまま終わった未来すらあったと思う。)どうやら僕はKANA-BOONのコピーバンドでリードギターをやるらしい。

 

軽率にOKをし、初めてリードギターというものを練習し、スタジオというものに入って音を出した時の感動は忘れない。最初はシルエットだったかな。

 

読者諸君はバンドマンがデカいケースを持ち運ぶ姿を街で見たことは無いだろうか。アレはエフェクターボードと言って音を変える機材が沢山詰め込まれているのだ。

 

入学してすぐの僕がそんなものを持っているはずもなく、Marshall(というでかい音を出すスピーカーみたいなやつ)に直接ケーブル(以下シールド)を刺し、ペタペタペタペタという平たく歪んだカッスカスの音を出し、ドラム、ギター、ベースが合わさってそれっぽく鳴り、「これが…"バンド"…!!!」と感動したものだ。しかも本番もその音。もう一曲の「ないものねだり」なんて特に地獄で、ペタペタ!ペッペッペー。(改めて聴くとマジか。と。)

 

そんなペンギンの足音をギターでかき鳴らし始まったサークルも、気づけば最後の演奏会になっていた。走りきったねえー。最後の演奏会だけでなんと75曲。4年間通すと200曲以上コピーしたのではないだろうか。(本当に人か❓)

飯を食い、人に悩み、音に悩む。なんてセンチメンタルバンドマンを謳歌してるんだろうか。

 

4年間で音楽もそれなりに詳しくなった。

自分はめんどくさい性格で、誰かが知ってて自分が知らない。という事に悔しさを覚えた。

負けじとアレコレ調べてみた、

そしたら好きなバンドが沢山できた。

そして友達も。

あんなバンドやこんなバンドに誘われるようになり、もっと知識が増えていった。

 

そのうち親密になって行ってバンド内で遊んだりするようになった。忘れられない思い出だ。

4年最後の夏頃は就職が嫌すぎて「夏は終わらねぇ‼️‼️‼️」とサークル内外で悪態をつき、

12月下旬でも「夏最高‼️‼️‼️‼️‼️」と言い張って勝手に夏を司っていたのだが、

 

時は少し遡り2025年9月頃、いつも通り演奏会で夏を体現し暴れ回って居たところ、クリープハイプのコピーバンドをしたメンバーの一人から夜中にいきなりさ、突如LINE。「夏、終わらせません」と来た。このLINEにはさすがの瑛人もびっくり。ドルガバの香水も泣いてて可哀想。

 

俺の夏は本当に始まった。

 

 

クリープハイプのコピバンメンバーで小旅行が始まった瞬間だった。

メンバーはワイ、そして写真左側からベースのお天気お兄さん☀️、ドラムの真似スキン(仮名)、ギターのSウィンGァー君(仮名)の4人でございました。

この時は栃木県の遊園地に行った。とてつもない速さで走行するジェットコースター、空にシャトルとして打ち上げられるアトラクション等、書ききれんな。空に打ち上げられるとき星になるかと思った。(ふたつの意味で)

しかも真似スキン、ベンチで休んでるのにサングラスしてるし。ベンチで休んでる人ってサングラスしていいんでしたっけ?逮捕だったっけ。

 

散々遊園地を楽しんだ後はジブリ美術館に行こうとしてチケットまで買ったのに入館時間終了。入れず。一同が肩を落としながら啜ったラーメンの味は忘れない。めっちゃ美味かった。

 

そんな思い出も出来るくらい仲良くなった。

 

まああんまりだらだら書いたら広辞苑を超えてしまうし、読者諸君が寝食も忘れて読み続け身体に支障をきたし、賠償請求されてもたまらないので、ここからは最後の演奏会で思い入れのあるバンドについてだけ触れていこうと思う。

 

思い入れのあるバンド、3せ〜ん!(真顔で三本指を立てる)

 

3クリープハイプのコピバン(後輩と組んだやつ)

 

2KANA-BOONのコピバン

 

1クリープハイプのコピバン(同学年バンド)

 

の3バンドについて話していこうと思う。

 

(こいつどんだけクリープ好きやねん、というツッコミは飲み込んで欲しい。俺がいちばん思っとる。)

 

まずは後輩と組んだクリープハイプ。メンバーが僕以外全員後輩だった。最初にスタジオに入るまでどんな温度感になるか分からずドギマギしていたが、いざ曲を合わせるとビタッ!と完璧に揃い、あまりの完成度に1回通しただけでジーンと来たのを覚えている。


ここまでならごく稀にあるいいバンドだ。

このバンドをこよなく愛す理由は、そこ以外での遊びが大切な思い出だったから。たまにこのメンバーで行われていた飲み会は何処までも人間として堕ちていけるのが何よりも幸せだった。しかも全員で墜落してくれるのが嬉しかった。どんな内容かはここで言ってしまうと恐らく日本における居住権を失ってしまうので割愛させてもらう。


毎回スーパーに集合し、何を食べようか、何を飲もうか、どんな話をしようか。こんな事を考えるのがすごく幸せなバンドだった。

このバンドを通して仲良くなれた後輩が居たのも嬉しかった。このメンバーでバンドを始めてからというもの、それぞれメンバーの技量と魅力がサークル内にどんどんとバレ、みんな忙しくなってしまった。今の状況だったらもう組めなかったろうなあというのも嬉しいポイント。本当に楽しかった。また組みたいなあ。それまで、みんなお元気で。大好きだよ!!!!

↑後輩クリープハイプ

 

次はKANA-BOON。このバンドは大1の最初の演奏会から大4の最後の演奏会までやり続けた一番息が長いバンド。お天気お兄さん☀️に誘われ初めてリードギターをしたバンドでもある。


実はこのバンドは1年生の時にゴールが既に決まっていた。1年生のほぼ最初のスタジオの時、☀️が最後の演奏会で「パレード」で締めくくる。と熱く語ってくれた。そこからはそれが僕たちのゴールだった。そこを目指して新しい曲、時には同じ曲を、コピーしながらあーでもないこーでもないとスタジオでうんうん唸りながら1歩ずつ歩みを進めていた。


最初は全員1年生のメンバーだった。完璧にこなすギターボーカルの☀️、全然弾けず冷や汗を垂れ流し、心の中で天にキスをし、ギターを叩き割ってスタジオを後にする想像を何度も繰り返す僕。寡黙なベースとふざけ散らかした上でスタジオで初めてコピーをし始めるドラム。あのなんとも言えない空気感が懐かしいぜ。意外とみんなバラバラな方向に見えて、演奏してる時はお互いをしっかり信用していた。そこが良いバンドだったと思う。


そんな途中でメンバーがリードギターの私とギターボーカルの☀️以外の2人が抜け、新しく後輩を入れる事になった。ベースの後輩、鳥の巣君(仮名)とドラムの後輩、イケメン作物君(仮名)。

彼らが入ってこのKANA-BOONは全く新たなサウンドとリズムを手に入れ、この推進力で銀河の果てまで飛び立てると思った。


初めてスタジオに入った時、確かな安心感が鼓膜と指先から伝わってきた。本当にいいメンバーを見つけたな、と。スタジオもずっと楽しかった。4人で馬鹿な話をしてケタケタと笑い転げていて、気付いたら本番を迎えていた。そんな事を繰り返していた。このメンバーでもスタジオ、本番は全てすごく楽しくて、全部が幸せな思い出だった。


4年間通してそんな積み重ねがあったからこそ、最後の演奏会でやった「パレード」は個人的に人生を通して忘れない演奏になった。弾いてるうちに「ここまで来れたなあ」っていう達成感と、今までの思い出たちが次々とよぎって、返しから聞こえてくる☀️の声と、横を見ると少し大きくなって自信がついたように見える☀️の背中。その全てが重なって気がついたらボロボロと泣いていた。涙で指板が見えなくなって演奏もボロボロだったけど、それでも、ここまでやって来れてよかった。本当にそう思えた。このバンドがなかったら今の僕は居ません。本当にお世話になりました。ありがとうございました。

↑KANA-BOON

 

さて、最後は全員同学年のクリープハイプのコピバンについて話していこうか。

このバンドを初めて組んだのは2年生だったかな。

それまで僕は人から誘われたバンドをやる事ばかりで、自分が好きなバンドをやる事が出来ていなかった。いつかクリープハイプを、いつかやれたらなあ。なんて思いながら2年生まで来てた時、リードギターのSウィンGァー君から声を掛けていただいて、このバンドが始動した。


Dr.真似スキン Gt.SウィンGァー Ba.☀️(ベースも出来るんですよ) そしてGt.Voワイ。

この4人で周りをアッフゥフン‼️(吉川晃司)と言わせてやろうと4人でコソコソとスタジオに入り、練習にも力が入る。と思いきや、何故か全員で9%のお酒を飲んでぐでんぐてんのふにゃふにゃになってスタジオを飛び出し、飯を食いに行ったこともあったな。

その演奏会は大分みんなキャパオーバーで沢山頑張ってた。勿論私も。

特に「一生のお願い」って曲がやりたすぎてジタバタジタバタと駄々をこねたらみんなやってくれたものの、難易度が高すぎてみんなヒーヒー言ってたね。あれもあれでいい思い出やなあ。(カス)


その次がだいぶ飛んで4年生の学園祭かな。屋外ステージで「イノチミジカシコイセヨオトメ」と「身も蓋もない水槽」の二曲を演奏させてもらった。

いつもは身内ノリでウェイウェイニチャニチャとやってるサークルなのだが、この日に限っては何も知らぬ第三者が見て、聞いていくわけだ。本番までヒヤヒヤしておりました。しかも屋外ステージでのボーカルは初。歌詞!歌詞!歌詞‼️(ガンギマリ)の勢いで緊張しておった。


しかもマイクがSM58ではあるけど普段のSM58じゃなくて、ULXD2というワイヤレスタイプのSM58で、「お、あ、て、テレビでよく見るタイプのマイクですやん………」などとどうでもいいことを考えるくらいには緊張しており、リハーサルで軽く合わせた時思った通りに感覚が掴めず、余計心配になってしまった。

でも本番に入ると返しの音が大きくなってDr、Gt、Baの音がハッキリ聞こえるようになって、その音に安心感を感じた。背中を押してもらった。そして無事本番は大成功。このメンバーで組めて良かったなあと思った。あのステージから見た景色は忘れない。曇天だったけど、僕には輝いて見えた景色だった。


このバンドを特別扱いする訳ではないけど、このメンバーなら、私の背中を預けられる。ずっとそう思うほど信頼を寄せていたよ。他の人じゃ替えがきかない僕たちだけの音があったと思う。そう思えるメンバーに恵まれて幸せだった。

特にそれを感じたのは学園祭の次の演奏会でやった「モノマネ」。ギターソロ中のキメがビタっ!と揃った時、このメンバーで良かったと心の底から思った。


卒業間際には4人でわんこそばに行ったね。その日、私は少し早起きが出来たので「デキる漢は朝活なんや…(純黒のロングコートをひるがえし路地裏の闇に消える)」などとイキりちらし、すき家のモーニング食った結果、満腹すぎて大した結果も残せず、「少食のデブ」という烙印を押され、もう二度とサークルに顔を出すことはなかった… ザッ(純黒のロングコートをひるがえし路地裏の闇に消える)

↑満身創痍で蕎麦屋を後にする一行。左からSウィンGァー、真似スキン、☀️

 

そんな苦く、楽しい思い出もありながら、その全てが愛おしかったな。遊んだことはもちろん楽しかったけど、1番感じたのは、一緒にバンドを組めて良かったという事。

クリープハイプの「バンド」という曲にこんな詞がある。

 

「ギターもベースもドラムも全部

うるさいから消してくれないか

今はひとりで歌いたいから

少し静かにしてくれないか

 

こんな事を言える幸せ

消せるということはあるということ

そしてまた鳴るということ

いつでもすぐにバンドになる」

 

この詞がたまらなく好きだ。たかがコピバンだけど、されどコピバン。人と一緒に音を鳴らさなければバンドにはならず、4人集まって初めてちゃんとこのバンドの音になる。このメンバー達と何かが違えば出会えてなかったと思うと、たまらなく愛おしくなってしまった。本当に、出会ってくれてありがとう。一緒に演奏してくれてありがとう。こんな文章にした所で気持ちを昇華した気になってるけど、全然収まらない。このサークルのメンバーと出会えたこと、このメンバーでバンドを組めた事は一生の財産になると思う。本当にありがとう。

↑学年クリープハイプ

 

はぁ〜恥ィ〜。

らしくないな。ちょっとグレよう。

かったりぃ。ダリィ〜。(腰パン)

プハー(校内喫煙)

 

よしよし。これである程度の世間体は守れたな。

 

上記3つのバンド以外にも組んでくれたみんなはもちろん、組めなかったけど関わってくれたみんなも。本当にありがとうございました。クリープハイプに限らず、今まで組んだバンド全てが奇跡だと思ってる。だからこそ、今はただただ全員に感謝している。

「泣きたくなるほど嬉しい日々」ってなんだ、って思ってたけど、その答えを見つけられた気がした。

↑初期メンバーで集まれたのも楽しかったなあ

 

俺は何時までもハルヒから電話がかかって来て

セミがけたたましく鳴るあの夏の日に恋焦がれているが、振り返るとSOS団と同等、いや、それ以上の仲間がいたみたいだ。もう俺がキョンでいいか。今後はキョン2と名乗っていこうと思う。

そして君たちは俺にとってのハルヒだ。そして、長門であり、小泉であり、みくるちゃんである。全員でSOS団なのだ。誰か欠けてしまったら成り立たない必要不可欠な存在なのだ。

 

俺はなんでハルヒの話をしてるんだ。まあ、本当に君達が居なければサークルは楽しくなかったし、本当に救われて、支えられてました。長くなったけど、結局はそういう事です。本当に皆さんありがとうございました。

遅筆すぎてこの記事書くの大学4年生3月〜社会人1年目の5月半ばまでかかってしまった。

もう5月半ば!?!?何やってんの!?!?!?怠惰すぎるやろ!!!!!

ゆるしてつかあさい…バタバタしてたんす…

 

さて、夏がまた始まっていくね。夏の次の季節の夏だから夏2。略して夏2(なツー)もみんなで楽しんでいけたらと思う。

田辺:「どこまで続くねんこの文章‼️」

 

うわ‼️ツッコミの田辺‼️

 

田辺:「もういいよ‼️」

 

一同:「「どうもありがとうございました‼️」」

 

SEが流れ出し、一同退場。

 

デンデゲデンデゲデンデゲデンデゲ〜🎶

(退場ではありえないメタルの曲をSEにしている)

 

 

(本当にありがとうございました。またね!)