2ヶ月ほど前から友人と計画した登山は奥多摩に決定した。青梅経由で続く電車に揺られ、バスとケーブルカーを繋ぎ9:00ごろ出発。

登山を人生にたとえる話は何度か耳にしたことがあって、その度に私は「頂上がタスク達成なのか、下山までなのか」疑問に思っている。登る山は人それぞれだし、終点もそれぞれでいいとは思うのだが。。


足が疲れてもう歩けない

膝から下のコントロールが効かない

視点がブレて目の前に集中できない


下山の最後、疲れ果てたとき「足を出すしかない」と覚悟を決めた。やる気があるかどうかは関係ない、やるしかない。


タスクを前にしたとき、どうしても娯楽に興じて逃げたくなるし眠くなるし全く必要のないことをタスクにして置き換えてしまうことがある。いや、いつもそう。

でも登山のように全体像を把握して行動するとき、目の前のタスクをただ「やる」ことしか選択肢はないと思った。歩かなければ帰れないし、遂行できなかった自分を恥じてもっと山を低くしてしまうに違いないのだ。


だから、どんなに低い山でも高い山でも、タスクに向かってただ「やる」ことが自分にとっても周りにとっても重要なのだ。

身体は疲れたが、行動指針には栄養をもらう経験だった。