
お久しぶりです。
東京は春を迎えて、桜も新たな季節に向けて姿を変えようとしています。
そして、私は北海道から東京へ来て1年が経ちました。
この1年は、本当にたくさんの努力と失敗、成長がありました。
でも本当にこの生き方で良いのかと感じるのも、正直なところです。
専門学校に入学して、IT系の分野を専攻しました。
というのも入学前から就職したい会社の候補がいくつかありました。
ですが、私はIT(主に開発系・保守系の2つがある)の中でも保守系を志望していました。
ところが就活をしていく中で、専門卒では難しいことが発覚しました。
私は、航空会社のIT部門に応募したかったのですが、学歴で足止めをくらってしまいました。
コロナ禍から脱却しつつある世の中は、意外とまだまだ採用の人数は少ないです。
私は夏頃から就活を始めていましたが専門学校ということもあり、周りでは誰も就活を始めていませんでした。
1人で就活をするプレッシャー、物価高と戦う苦しさ、先の見えない不安、就活と学業の両立。
自分が見えなく、形が消えていきそうになっていくことも多かったです。

そんな中でも、継続して就活と自分にはまだ負けていませんでした。
多額の資金を使って地元にインターンシップに行ったり、教授やキャリア講師と面接練習をしました。
そして初めて受けた1社。
結果は不採用でした。
就活において不採用なことは珍しいことではなくむしろ当然だという気持ちで挑みましたが、自分を否定されたようで一時期就活にやる気が出なくなってしまった時もありました。
就活と業界研究をし続けて4か月。
私は、IT系から方向性を変えてみました。
あえて一度いまの自分から離れて、職業研究からやり直しました。
私の本当にやりたいことってなんだろう。
小学生の自分に問いかける。
「この飛行機かっこいいな!」
中学生の自分に問いかける。
「飛行機に乗って旅行に行きたいな!」
高校生の自分に問いかける。
「航空業界か。進学しないと難しいんだろうな、自分には現実味がないな」
小さい頃の夢。
成長していく中で”現実”に駆られ、どこかで見えなくなっていました。
私は、志望を航空業界に変えました。
もちろん周りは誰も知りません。
私の就活の軸は変わりませんでした。
それは、「利害関係者の方々に幸せと笑顔を提供すること」でした。
さらに数か月間、自分と向き合い続けました。
朝起きてすぐに志望動機を言う。
ご飯を食べながら業界研究と対策をする。
シャワーを浴びながら架空の面接官と話す。
メモ帳をどこにでも持ち歩き、思いついたことはひたすら書く。

最終面接の会場は北海道の空港でした。
実家から3時間かけて自分で運転して向かいました。
早朝の道路は凍結してしました。
空港に着くと外国人観光客の方がたくさんいました。
自分の小さい頃よりあらゆる部分が進化していて驚きました。
待ち合わせ場所に向かう途中、志望する航空会社のCAさんとすれ違う。
堂々としつつ物腰柔らかい姿勢は私にとって緊張の材料でしかありません。
時間が経つたびに緊張が増していく。
でも、やはりここで働きたいという思いが増しました。
困っている人に優しく尋ねる空港職員さん。
航空会社の顔となり、丁寧な接客をするグランドスタッフさん。
お客さんに笑顔とおもてなしを提供するキャビンアテンダントさん。
お客さんを目的地まで安全に運航するパイロットさん。
お客さんの荷物を丁寧に積み、飛行機を安全に滑走路まで見送る最後の砦、グランドハンドリングさん。
この方々が一丸となって1つ1つの便を飛ばしていくその姿勢は私にとって、「かっこいい存在」です。
2026年3月
採用内定のご連絡を頂きました。
本当に言葉では表現が難しいくらい嬉しかったです。
自分にも現実にも最後まで諦めなくてよかったと感じた瞬間でした。
次はまた新たな挑戦が待っています。
学校の学業とは別に、空港資格や語学資格に挑戦すると決めました。
これからも努力を惜しまず、年老いるまで学び続けたいと思います。
4月1日、日本航空(JAL)の入社式があり、様々な記事とニュースを見ていました。
そこで社長が新入社員に向けて言った言葉が印象に残っています。

鳥取三津子社長:
「エネルギー高騰など航空業界を取り巻く環境は平たんではない。」
「飛行機は逆風があるからこそ飛べる。」
参考画像元URL : https://x.com/i/status/1907018859988885656
最後に。
私の就活の軸だった思いは今もこれからも変わりません。
私はこれからも、「お客様に笑顔と、安心、安全」を提供できるよう、あらゆる分野で努めて参ります。
そして、人種や国境にとらわれず、あらゆる人々の幸せを願っています。