こんにちわ!月迦です(*´∨`*)ノ
東京オリパラが終わり寒い日が続きますが、みなさまいかがお過ごしでしょうか。
今日の都内は朝から雨が降っていて、少し前の日本各所(九州や広島、熱海など)の災害を思い出してしまいます。
災害はいつ身に降りかかるかわかりませんから、どこに住んでいても災害バッグは準備しておかないとですね(・ω・)ノ
さて、
出雲参拝旅行の続編です笑
出雲大社に行く予定となった際、調べたら近くに一際鮮やかな美しい神社があるのがわかりました。
それが、日御碕神社(((o(*゚▽゚*)o)))
日本海を望む岬にあって、「みさきさん」と呼ばれているお宮です。
移設があったとはいえ神社の歴史は古く、地元史となる「出雲国風土記」の国引き神話に出てくる、霊験あらたかな場所と言われた神社の模様・・・。
国引き神話とは、簡単にいうとこんなお話(*´꒳`*)
昔、出雲にいた超すごい神様が
「出雲の国はちっちゃいから大きくしちゃお!!」
と考えて、新羅(現朝鮮半島の国)や北陸から土地を引っ張ってきてあちこちにくっつけちゃった!(艸д゚*)
出雲国土が大きくなってめでたしめでたし
日御碕は新羅から引っ張ってきた土地をくっつけた場所らしいです。
これは行くしかないでしょ!!!(*゚∀゚*)
ってことで、参拝を決めました(単純)
日御碕神社は岬にあるので、海岸沿いのくねくねとした道路の先にあります。
一般的に神社には拝殿と本殿が1セットあるのですが、日御碕神社は2セット(下の本社/上の本社)あるのが特徴となってます。
まず最初に楼門が出迎えてくれました(*゚∀゚*)
楼門は出雲大社の本殿の手前にもありましたが、これは外界の穢れから神域を守るもの(鳥居と同類)だとご理解いただければよろしいかと思います。
多くの神社は玉垣(石製の棒を立てたもの)で神域を囲うっていることは多いのですが、こちらの神社は回廊になっているようです。
ゴージャスですね! (๑° ꒳ °๑)
(下の楼門と回廊) ※右手前に手水舎があります
どちらかというと、出雲の神社は素朴なカラーの神社の印象だったので、朱の色がとても綺麗なこの神社は少し違和感があったんですよね。
調べてみたら、現社殿は江戸時代初期に造営されたのだそう( ˘ω˘ )
日光東照宮もそうですが、その頃のお寺や神社って派手な色飾のものが多いので、とても納得してしまいました笑笑
楼閣を抜けると正面に下の本社の拝殿があります。
(下の本社拝殿。 左に少し見えるのは下の宮 禊所)
下の本社は日沈の宮とも呼ばれていて、日御碕神社の役目が「日の本の夜を守ること」が由縁のようで、元々は目の前の経島でお祀りしていたものを、平安時代に当時の天皇の勅命で現在の場所に移転してきたとのこと。
下の本社のご祭神は夜を守る神、という訳ではないアマテラス様・・・なんですね!(´・ω・`)
まずはここで二礼二拍手一礼で参拝のご縁をいただいたことにお礼申し上げます。
拝殿の裏側に下の本社の本殿がありました。
(左:下の本社拝殿 右奥:下の本社本殿)
下の本社の拝殿を背に右にいくと、蛭児神社や十九社といった末社のお社がありました。
蛭児神社はイザナギ様とイザナミ様の神産みで生まれた最初の神様であるヒルコ様をお祀りしています。
ヒルコ様は二柱の子供として認められない形をしていたことから、子供であることを認められずに葦の船に乗せられて流されてしまったという悲しい神話がある古い神様です(๑•̀ㅂ•́)و✧
十九社は各神社をお祀りしているお社なのですが、戸建てではなく長屋のようなお社でした。
(左:宝庫 中央~右:十九社)
十九社右手を少し上がったところに、上の本社の拝殿と本殿がありました。
(中央:上の本社の拝殿 その奥:上の本社の本殿)
上の本社は神の宮とよばれていて、オオクニヌシ様が出雲を統治するよりも前にスサノオ様が出雲の国を作り、一通り終えたところで自分の魂を鎮める場所を柏の葉で占い示された場所、ということがお宮の由縁のようです(๑•̀ㅂ•́)و✧
占い示された場所は実は隣接している隠ヶ丘で、お社もそこにあったようですが、伝承の時代と言われるかなり古い時代に当時の安寧天皇の勅命で今の場所に移転してお祀りされているとのこと。
こちらのご祭神はもちろんスサノオ様です。
上の本社の拝殿でも下の本社と同様、二礼二拍手一礼で参拝のご縁をいただいたことにお礼申し上げました。
神社にはよく稲荷神社も併設されていることが多く、日御碕神社も例外ではありません。
十九社のさらに奥に進むと稲荷神社があります。
せっかくなのでお参りしよう、とそちらに進んでいくと、二つ並んだお稲荷様用の朱色の鳥居が見えてきます。
鳥居の手前で一礼し、稲荷神社の神域に入らせていただきます( ˘ω˘ )
(いつもの通り、真ん中は神様の場所だからダメですよ)
二つの鳥居を越えた先は木が生い茂った登りの階段があり、のぼりきったところに、眷属のお狐様に守られたお稲荷様のお社が静かにございました。
とても静かで・・・日なたと日かげがはっきりした場所でした。
ちょうど階段を上ったあたりで、
”ここはマズい!アワ((゚゚дд゚゚ ))ワワ!!”
と直感が言っていて、なぜかお社前まで進むことができません。
こんなことは初めてで全く意味がわかりませんでしたが、もうそうなら仕方がないので、目の前まで神域に入らせてもらったことのお礼と、せっかく来れたのに参拝できなくてごめんなさい、とその場でお稲荷様に申し上げたうえで引き返させて頂きました。
こんなことってあるんですね・・・
(左上:稲荷神社入口 左下:お狐様とお稲荷様社 右:参道の階段)
配置図からすると、実はこのお稲荷様の先にもお祀りされているお社があるのですが、なんとなく近寄りがたくて、赤丸で囲った辺り(もしかするとその先の隠ヶ丘も)は、一般ピーポーが観光がてら安易に参る領域ではない雰囲気です!!!ヾ(´囗`。)ノアカン
神蹟(遺跡ですね)の隠ヶ丘には磐座(神様が依り代になっている石)がお祀りされていることを考えても、そのパワーは半端なくすごそう。
・・・ということで
今回も境内であちこち参拝させていただいたのですが、日御碕神社は不思議でいっぱいの神社でありました。
不思議その1:
「日の本の夜を守ること」が役目である日沈の宮のご祭神が夜を司る神であるツクヨミ様ではなく、なぜ太陽神のアマテラス様なのか?
お祀りしろという神託がアマテラス様だったからなのか?
不思議その2:
なぜ経島でお祀りされていたアマテラス様と隠ヶ丘でお祀りされているスサノオ様をわざわざ一つの宮に寄せ集めてお祀りしているのか。(別々であるほうが自然ですし、元々スサノオ様の上の本社が移転してきたほうが随分先なので、スサノオ様をお祀りしている色のほうが濃い感じを受けます。)
不思議その3:
姉弟とはいえアマテラス様はスサノオ様よりも格上にもかかわらず、高い場所にスサノオ様が配され低い場所にアマテラス様が配されているのか?日本神話の国譲りの因縁?
不思議その4:
摂社や末社はご祭神にとって由縁がある神様がお祀りされるのが一般的なのですが、ご祭神であるアマテラス様やスサノオ様とヒルコ様の間はそれほど強い関係は無く、なぜ末社でお祀りされているのか?(流れ着いた伝承があるなら理解はできるけど)
不思議その5:
初めての、稲荷神社前で参拝STOP。
霊感がある方は、5つの不思議を解き明かして是非是非教えてください笑笑
あ、
稲荷神社の参拝まではできませんでしたが、日御碕神社参拝の印である御朱印は社務所でいただきました。
コロナの関係で書置きでしたが。
残念・・・(;´Д`)
ではまた~~~(^-^)/~~~