報道番組は見ないことにしているのに
断片的に見ているし聞いている
何度も何度も繰り返し流れているからだと思う
どの本でだか忘れたのですが
実在化したことを赦すのは難しいとゆう一節
確かにこれがある 起きてしまったとゆうのは
揺るぎないこととして赦しの実践は難しく思える
自分のことでいえば
なんであんな事をしたんだろうとか
いつの間にかしでかしていることがある
日常の事でも人間関係でも
時に自分は正しく全うだと思っているから
他者を見て違和感を感じ批判したり拒否したくなるのだろうけど
それもまた自我として見ている世界なんだな~
配りながら勧誘している人たちがいた
それは互助会の方で私が以前会員になっていて
解約時に高額の手数料を差し引かれたところだった
つい〇〇ですか~とチラシを戻したら
互助会のおばちゃんが、○○は嫌いですか?と聞いてきたので
とっさにキライです!とキッパリ言ってしまった
あ~ 私は神を嫌っているんだぁ ホロホロ(´;ω;`)ウゥゥ
と店内に入って思い
そんな自分の想いを赦したのでした
損をしたとゆう喪失感は金銭的なことだけではなくて
欠乏感なのだ~ぁ
この欠乏感 聖霊にお任せするしかないのだなぁ
愛を欲する迷い子の私ですね
NHKで聖星おにいさん 実写版していたので思わず録画しました
次回は10月12日 夜11時30分からですよ~
ガラガラ福引を3回まわすのをブッダに丸投げして
ポケットティッシュが出ると煩悩に悶えるイエス( ´艸`)
