ゆるゆるとゲイリー・R・レナード著
「イエスとブッダが共に生きた生涯」を読んでいる最中・・・
 
 
第七章 グノーシス  
ここではゲイリーとケン・ワプニック氏との出会いと
想いが書かれてあり
その中で
~彼はぼくに「親切でいなさい」とたびたび助言するようになった。~
彼はぼくが出会ったなかでもっとも優しい人だった。
 
          流れ星
 
その後も切々といかにゲイリーにとって偉大な教師であり
大切な教えを受けたかが書かれておりシンディと2人で
偲んだ想いが伝わり胸が熱くなった
 
「親切でいなさい」 ふとした時にその人の内面が浮き彫りになるように
私は親切ではなく傲慢になっていてそれに一番躊躇している自分がいたりする
 
 
それは些細なことだけどスーパーのレジでいつもは入らないだろう
店長とおぼしき男性が不慣れな為かよく商品を見ないで打ち込んだ時など
すぐさまビシリッと指摘  
その緊張の為か続いて別の商品を2度打ち込んだので
またまたビシリッと指摘! 
 
最近のスーパーは打ち込んだ商品が消費者にもわかるようになっているのです。
それを見逃すものかと指摘する私は親切心などない客と化していた
ベテランのパートのおばちゃんがすかさず「申し訳ございませんでした」と
フォローを入れる    これでは男性の面目もあったものではない
 
お店を後にしながら
いや~ なんだか自己嫌悪だわショボーン
なんであんな態度とったのだろう と自分に嫌気がさしたダウン
 
 
たとえ間違ってはいなくても 物は言いようなのだと思った
もっとやんわりと心から親切に伝えられなかったものだろうか
 
逆の立場で言えばなんてキツイ客だろうかと心のザワツキが
出てきて波立つだろうメラメラ
 
これはなんにしても通じると思えた
 
己が一番正しい道を歩んでいると思っているエゴの世界感
今私が見ているのは
他者の間違いを指摘して己が正しいと訴える世界
それはどれも・・・これも  あれも それも 
例外なくそうだ   
傲慢の極みだなぁと思えるのも私の中の傲慢でもある
 
ここの感覚でいる限り例外なく続くのだろう
もううんざりだ! そう思っているから平安への道はないだろうかと思えた
ただ求めているだけ 
 
 
  「親切でいなさい」
 
それは当たり前にわかりやすく とても愛情深い言葉だなと思えた
 
 私の中で心の余裕がない時に
 その傍らに寄り添いながらクスリと笑って共に手を取ってくれているような
 
 ゲイリーの人柄を感じる本だなぁ~ と思えた