今年の冬はまったくと言っていいほど雪も降らず
お天道様が暖かい日もあるほどで
どこに行くにもありがたい事です
先日は美味しいお蕎麦が食べたいね~とゆぅことで
ダンナさんと白山市は白山ヒメ神社近くにある古民家の
草庵に行ってきました
今年はこの様に雪がありません!
干支の猪 日本では猪🐗ですがベトナムや中国では豚なのだそうです
豚年生まれだよね~って言われなくてよかった(*´з`) 猪の方がなんだか少し救われる?!
さて~ 昨日はなかなか寝付けなくていろんな事柄が駆け巡り
その度に赦しと聖霊に委ねるとゆうことをしながらいつの間にか
かの夢の国へと行っていました
夢の中で私は目の前に横たわる身の丈1mほどの小鹿を見ております
そして その小鹿はもう息も絶え絶えで命の灯もあと少しと思われるのです
そんな小鹿を目の前にしてどの店に持ち込めばさばいてくれるだろうかと思っております
遠くに某牛丼屋があり その横には肉を取り扱う何かの店もあります
そこがいいだろうか ちゃんと処理してくれるだろうかと思いながら
この小鹿を食として扱おうとしている自分と
ふとまだ息がある小鹿の胴あたりに手を添えてみれば弱々しく上下する息継ぎと温もりに
愛おしさが沸き、生きているんだ!と確信をもつと心の揺れがはじまります
どうしてこの小鹿を食べる対象に見立てているのだろうとゆう想いが浮上すると
どうもいけません
私は食べたい訳ではないようです
巷ではジビエだなんだと害獣扱いを受けた猪や熊や鹿が食されています
それをどうこう言うつもりもなく ジビエ自体も頂いた事はありますが
店頭で日常的に頂いてる豚や鶏や牛 羊 魚に至るまで
その命の差異はないのでしょうが
ここにきて罪悪感が沸いてくるとゆうのは奇妙な夢だなと思えたのです
ブッダの物語でお釈迦様の過去生 ジャータカ物語で
兎が自分の命を捧げて真心としたとゆう有名な話を思い出したのですが
命のそのさきである慈愛と命そのものの意味を伝える物語だったのだろうな~と
思えるのです
食に関しては毎食どうして食べなくてはいけないんだろう
嗜好品としてではなく慎ましやかに最低限の食で満足できない自分に
罪を見ているのかもしれません
とはいえ これからも美味しく頂くことに変わりはないのですが
なんだかヒントを頂いたような夢でした


