日日 今を意識しながらも

瞬時に過ぎていく今

 

慌ただしく 何気なく 終わる1日を振り返り

奇跡講座関連のブログなどをツラツラ読んでみたり

 

この体だと思っているからこそのテレビによる健康管理や

いかに快適に都合よく効率的に過ごせるかとゆうものにも

引き寄せられている

 

巷ではクリスマス商戦や正月を迎える準備とか

あの手この手で購買意欲を掻き立ててみる

 

今年も何もしない~

クリスマスも普段通り   お正月の飾りも買わないかもしれない

何より 年賀状をやめたいと思いたち・・・

 

介護が必要になった従姉の旦那さんに今年から年賀状を出さない旨伝えた

相手側にしても好都合だと思う

介護でイッパイ イッパイの時はお決まりの年賀状制作はキツイ作業だと

自分が身をもって知っているから

 
 
けど久しぶりに会食した10代からの友達に同じ様に切り出したところ
「名簿に載せてあるから後は印刷するだけだし、今年も出すよ」と
言われてしまい 今時LINEでも繋がっているのにな~と残念な事になったと思った
 
意識的に終わらせようとしてもこんな流れでいくのかな
いやまだ先はあるのでこれから親戚も高齢だし年賀状自体が
消滅する時代が訪れるだろうと思うと無理しなくてもいいのかもしれない
これも赦しだな~
 
 
『この瞬間が今である』
 
なのに人は年齢に拘り 老いを受けとめ 死を恐れ
人との差異を感じる 
 
私もいまだそこだな 
若い人達の中で働くと今の自分がしょぼくれて感じるし
お寺で高齢の檀家さん達に 若いわね~と言われると
まだまだ若いのかなと思える
 
80歳を過ぎてもウイッグを付けてオシャレさんな方達
けど もうお迎えがいつきてもおかしくないとゆう寂し気な意識
死はこの肉体としてのお別れ 
 
少しでも若く外側の世界から見られたいとゆう
意識はいくつになってもなくならないんだな・・・
 
なんだかまたどうしたものか 全てがどうでもよくなってきて
聖霊に委ねるとゆうありがたい選択でこの年も終わりそうです
 
自分へのお咎めはナシ!   無辜である事をしみじみと感じるのです
 
雑然とですが そう思える事が嬉しくあります♪