台風の目の中にいるような感覚で

荒れ狂う自我を見つめていた

 

ラベリングで人を判断しているんだなぁ

肩書やなんかでのその評価を見て

なんだか違和感を覚えたり

それって必要なモノなのかと訝しく思えたり

 

わざわざ付けないといけないものなん?

付加価値を付けることは鎧を纏っているように見える

声高らかに私とゆぅ個はこの様なモノですと

外側にあるだろう世界を仮定して公表する必要があるんだろうか

 

そんなのみ~んなひぺがしてやる!!

ビリビリにしてマル裸にしてやる~~ッ!!

 

なんてひとりで吠えてました

吠えるだけ吠えたら気が済みました

 

 

ようやくマニュアル編を読み終わった  

今ごろって感じだけど 

今だからちょうどのタイミングだったんだなと思える

 

ACIMでは赦しが要となっているけれど

本当の赦しって??  やってもやってもうまくいかない

 

マニュアル編  第Ⅱ章 赦し

 

Ⅰ自分を赦すこと

 

天国からの贈り物で赦しほど誤解されてきたものはない。

実は、それは苦行となりはててしまった。

~『破壊するための赦し』 そのものが死であり、それは自らが見る

一切の中に死を見て、それを憎む。

 

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私は自分自身を赦したくはないのだなと思った

相対性の世界では他者を赦すことは幻想であるらしい

もうやはり 降参である

 

Jに尋ねなさい    

あなたがJが与えるものを必要としている

 

 

癒しも同様に赦しとセットでよく使われている言葉だ

 

世間での癒しはこの肉体に対するものだけど

 

 

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~したがって、真の癒しと偽りの癒しが区別されなければならない。

相対立するもので出来ている世界が、癒しの場である。

天国には癒すものなどないからである。

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神の愛の前ではこの世界での思考や概念はまったくもって

通じないのだなと思える

 

もう観念して聖霊に委ねるしかないとゆうのは

まさにこの極地なのだろうな

 

今この瞬間も刻一刻と心の中の情景が移りかわり

また次のシーンを見るとゆう感じだろうか

 

今日であること  今であること

 

感謝していきます