ワークブック レッスン240が終わり

「世界とは何か」を読んだところだった

 

「世界とは、誤った知覚である。それは誤りから生じており、

その源である誤りから一度も離れたことはない。

世界が存在するのは、それを生み出した想念が大切にされている間だけである。

分離の想念が真の赦しの想念に変われば、世界はまったく異なるものに見える。

それは真理に至る見方であり、真理の中では全世界と共にその誤りも消滅する。

もはやその源がなくなるので、その結果もまた消え去る。」

 
一連の自然災害によってもたらされるこの光景はなんなのだろう
私の知覚が狂っているからだろうか
 
今、体感として苦しむ方々を想い癒すことしかできない
これは私が生み出したものだとすれば・・・
 
「死にゆくものとして作り出されたものが永遠の生命を取り戻せるようになるためには、
世界を作り出した私たち自身が、キリストのまなざしを通して世界を見なければならない」
 
生活のライフラインが閉ざされて不安になっている方
家族を亡くされた方   救助されている方   
そんな方達にこれは現実ではないとは言えない
もちろん言う気持ちもないけれど・・・
 
あまりにもテレビを通しての惨事が映画のワンシーンのように思えて
正直リアルに思えない
  
うまく表現できないけれど  いい事も わるい事も
この瞬間 瞬間の出来事がすべて・・・ もうそう思えて仕方がないのだ  
 
幾千年の時空を超えてこうしてこの様な光景が繰り返されてきたとゆうシナリオ
 
この世界で平安を求めることこそ無意味なのだと思える
 
とは言え  
次は・・・と、防衛の心が騒ぐ   水だ  発電機だ  
 
恐れをもって自我は次は我が身と買い物に勤しみ
そしてまた忘れ  
 
この繰り返しで巡っていくのだろう
 
 
今こうして 被災され 困難な状況である兄弟に
愛と光を   
 
心よりお見舞い申し上げます