日に日に暖かくなり春の日差しに体も順応しようとしているかのようです

 

1週間前にノドの違和感からはじまり

ここ数日でかなり症状が悪化  

声も出なくなりここまで酷い症状は久しぶりだ

2年前の肺炎の時と同じ経過をたどるのではないかとゆう不安が

ムクムクと頭をもたげまして

それらを聖霊に委ねてみるとその声は「医者に行かずとも治る」でした

 

が やはり咳が出て眠れないほどになってきたりしたので

総合病院に行きレントゲン検査を受けてきました

待ち時間・薬の処方合わせて3時間あまり・・・

待合室の患者数と医者の人数からすると致しかなないのでしょうが

辛い時の病院はかなりヘヴィでした

それもこれも不安材料を少しでもなくしたいとゆう自我のあがきなのですが~

 

結果 肺はキレイだしノドのハレもなく

呼吸がしにくいのですが・・との問いには指先から検査する酸素の数値は

いたって正常でした。  

咳止めの薬だけで帰ってきましたがまだ経過はよくなく・・・

完治とまではいかない模様

 

そこで 病とはをまたワークにて読み返してみると
 
「病とはほかの人々から遠ざかることであり、つながりを遮断することである。
・・・
病とは孤独である。・・・
それは分離を実在化し、心を独房に閉じ込めておける決定的な力を体に与える。
・・・
この世界は病気が仕えている法則に従っているが、癒しはそうした法則には
関わりなく作動する。・・・
病気の時その人は必ず切り離され、分離している。
しかし癒しは、再びひとつになろうという彼自身の決断であり
自らのすべての部分を攻撃されることも損なうこともなく保っている
彼の真の自己を受け入れようという決断である。」
 
{1753DA5D-B86A-44A3-A6AD-C1528989055A}
「肉体には神の子の普遍的一体性を攻撃する力がないということが理解されるとき
癒しは達成される。」
 
 
肉体としての苦しみを味わうのはすでに自我がそうさせているから
過去に囚われて同じことが起こるとゆう恐れを握っているから
 
      本当はすでに癒しによりこの自己ひとりが癒されるのではなく
         神のひとり子の心から病が追放されるように・・
 
   う~~ん なかなかね  手強いです
  内なる声 聖霊はちゃんと答えを出してくれているのに抵抗している自我
   
  誰かにこの辛さを聞いて欲しい 
 痛みや辛さを味わっている事でこの肉体があると思いたい
そんな自我の抵抗なのかなぁと思えました
 
   週末はまた寒暖の差が激しいようです
  
  暖かくされて おやすみなさい♪