数年前に母はすい臓がんで苦しみながら亡くなりました

その時私は目の前の母の苦しみをなんとかして取り除こうと

当時ハマっていたスピリチュアルなヒーリングや音楽や水や波動等を試したものでした

亡くなった時はとても怖くその亡骸を家に安置することが嫌でしょうがありませんでした

特に晩年の母はわたしにとって恐れと嫌悪そのものでした 

しかし病気と向き合う母は菩薩になってわたしと愛を交わしてくれました

あの時、わたしは何かに怯え身構えていたように思えます

 

 

あれから・・・

次は父が病に倒れました

集中治療室で栄養剤を投与され最新医療により蘇生したのです

それから数年が過ぎ、まだこの状態が続くのかと思えたのですが

そんな父があっけなくこの世を去りました

 

家で2日間の安置  すでにこの肉体は抜け殻だとゆう事が

飼い猫にもわかるようで尾っぽを下げて警戒しながら父の廻りを

グルグルと巡っていました

 

わたしは 父の死を悲しみはあるもののまるで他人事のように

何も湧いてこないのです

お骨になった時も今も恐れや嫌悪がなく 

母の時とはずいぶんと心持ちが違うものだなぁと思えます

今は相続等の手続きで原戸籍などを用意しなくてはならず

改めて父のルーツを探ることになります

 

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従姉との付き合いがほぼないわたしですが

父の葬儀のこともあり久しぶりに連絡を取ろうとしたのですが

メールをしても電話をしてもまったく無反応 以前からその傾向があった方なので

これはまたあえての無視なのかなぁと思っていたのですが

従姉のご主人からお電話があり、数週間前に脳内出血で倒れたと聞かされました

 

すぐに病院に駆けつけると集中治療室のベッドで意識のないまま

丸刈りにされた従姉がそこにいました

 

倒れた時の父と同じ、鼻からの栄養剤を注入され床ずれ防止のクッションを敷かれ

TVの音をイヤホンで聞かされているようで

話しかけても無反応のその姿に あぁわたしはまたこれを見ているのか・・

 

父への赦しが終わったと思っていてもこうして同じ実在性をもってまた現れるんだなぁ

などと心の中での想いが湧いてきて

まだ認知症の親もいる従姉のこれからを想うと

この世の幻想であるわたしの描く世界はなんなのだろうと思うのです

 

意識が戻らなくても医療により肉体の死を繋ぎ止めようとする思い

そのまま死を迎える姿を見るのが怖い 辛いとゆう家族の想い

 

自分が経験したその想いを赦していこうと思うのです

 

すでに亡骸のような肉体を愛でるように介護するのもよし

手放して己の苦しみを赦すのもよし

 

わたしはどうしたいのかはすでに知っているように思えます

そんな自己を見つめることをまたしているこの頃です