私は夢の中で中年の料理人になっている

 

すべての工程をひとりで仕切り、材料を切り、茹で上げ 煮炊きして

どんどん進めていく

 

どこかで なんでオレはこんな事をしているのかなぁと思っている

最後の盛り合わせとしてあと少し・・・

配膳のための皿を並べて仕上げの工程へと進んだ時に

目が覚めるのだと自覚する

 

ここまで作ってきてナゼ今??!!

とてもやりきれない悲しい気持ちで目が覚めた

 
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主婦ならば毎日家族の為にスーパーへ行き買い出し
食材を仕分けて冷蔵したり冷凍したり
その日の天候や家族の体調、勤務に合わせてレシピを選びながら
作って食卓に乗せる    その後も、もちろん後片付けが待っている
鍋を洗い フライパンを洗い 食器を洗い   テーブルを拭く
食洗なら乾燥後にまた食器棚に戻す   
 
やるせないなぁ~ このルーティンワークがとてつもなくイヤになることがある
 
食べるってなんだろう
 
家族の為に作るご飯    人のお手間があって食が繋がる
出来合いのものを買ってきてそのまま食卓に乗せることもできるけど
味が濃いものや 作り立てではない虚しさ  作らないとゆう罪悪感
 
プラスチック容器の後片付けも待っている
 
いっそ食べないとゆう選択もありだな
 
それもまた続かないけど
 
 
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膨大な食材は気が遠くなるような工程を経てこの国に届き
溢れかえるほどのモノ達が店頭に並ぶ
 
昔はパックの卵はなくてダンボール製の容器に必要な分だけを
求めて大切に買っていた
その後、母はヤマギシの卵をまとめて購入  
新聞紙に包んで持ち帰っていた 
有精卵の卵で美味しかった記憶がある
 
魚屋は魚屋で・・・ 近所には数件の商店があった
お肉も肉屋で量り売り 竹の皮で包んでくれていた
 
今では大型ショッピングセンターに押されてかその殆どの店が
シャッターを下ろしている
 
 
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子供の頃はまさか自分がこれほど毎日食事を作るハメになるとは
想いもしなかった
 
親が作って与えてくれるのが当たり前だからそれが永遠に続くものだと
思っていた
 
今では親は赤ちゃんの様に食を切り刻み 離乳食のようにしてやらないと
完食できなくなっている
 
生きている実感としての食があるからこうも人は求めてしまうのかもしれない
これもエゴのカラクリにふと思えるんだよね