肺の病が治ったと思ったら
次は手の痺れがたえず襲うようになった


私はどうも痛みによって察するとゆう事を自分に課しているようだ


   とゆぅ事をらぴたんによりそうだったのかと確認する
    

   

身体的な痛みとは自分が創り出している事

自分が受け入れたくない情報や場所

新たな流れにも反応する身体



アストラル  想いによる感覚がそうさせているのかもしれない

木  痛みを司る  龍にもたとえられる


  思い込みの身体の痛み  

   それは幻なのかもしれないし


自分でそれを課すことで何かを再確認している作業なのかもしれない




その根底にあるものはなんなのかと考えてみると


幼少期から植え付けられた何か得体のしれないすりこみ

それらが潜在的にまだ私の中で反応するのかもしれない


心はどこにあるのか

痛みは辛いモノ 嫌なモノなのか   

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痛みにより回避する事が出来たこと

時間を置いて自分の立ち位置を見つめられること

この2元的な世界で生きている身体をその時まで
労ろうとすることもしかり

やはり無駄なことは何もなく

計りご事としてそれらすべては粛々と流れていくだけなのだと

想う