「この先に行くと、母が不幸になる」
この先とは、
私にとって自分に正直に生きること。
母は優しい人だった。
家庭、親戚、社宅という閉じた世界の中で、
周囲の目を気にしながら生きていたように
幼い私は感じていたのだろう。
それが私の出発点になった。
「ちゃんとしなさい」
「誰に見られているかわからない」
「女の子らしくしなさい」
好奇心旺盛でおてんばな私に
母はいつもこう言っていた。
それは私を縛るための言葉ではなく、
母自身が生き延びるために身につけた檻の中の知恵だったのだろう。
私はずっと、檻の中の女性が怖かった。
やっと気がついた。
女性そのものが怖かったわけではなく、
私が怖れていたのは
母を取り囲んでいた
親戚や社宅の中にあった
女性たちの視線だった。
誰にどう見られているか。
誰がはみ出しているか。
誰が幸せそうか。
誰がちゃんとしていないか。
言葉にされなくても、
空気の中に張り巡らされた
比較と同調と監視の目。
私は子どもの頃から、
その視線を身体で感じていた。
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だから私は無意識に学んでいたのだ。
目立ってはいけない。
檻の外に行ってはいけない。
調和を乱してはいけない。
そうしないと、
叩かれる。
関係を失う。
この場で生きていけない。
それは恐れというより、
生き延びるための知恵だった。
大人になり、私が自分を生きようとすると、
家族や周囲から否定された。
奥さんなのに
お母さんなのに
嫁なのに
女のくせに
それでも、母だけは私の味方でいてくれた。
そこに条件はなかった。
自分が傷つきながらも私を守ってくれた。
その姿を見て、私は無意識に思っていたのだ。
私が素直に生きると、母が傷ついてしまう。
だからとてもとても怖かった。
大人になっても、
私は無意識に自分を調整していた。
女性が多い場所。
学びの場。
コミュニティ。
友人。
家庭。
その先に行かないように。
空気を壊さないように。
私は、檻の中で調和を保つ役割を
引き受けていたのだ。
そして、
勇気を出して
調整することをやめて
本当の自分を選ぼうとすると
批判され、
嫉妬され、
怒りを向けられる。
いつも同じパターンだ。
私は何も攻撃していない。
ただ、自分で立っただけなのに。
昨日まで私に向けられていた笑顔が嫉妬や怒り、
批判に変わる。
その度にちゃんと傷ついた。
身体も、心も、ちゃんと痛んだ。
だから、檻の中にいる女性が怖かった。
檻の中にいる私は愛されるけど
外に出ようとすると嫌われるのだ。
檻の中はある意味、
安全ではあったかもしれない。
でも、そこに私の人生はなかった。
母を連れてその先に行きたかった。
母を置いていくことが辛かった。
母もその先へ行きたかったはずだ。
でも、母はそれを選ばなかった。
それもまた、母の人生。
だから私は母を愛したまま。
誰かを責めることなく。
静かにそこから外に出る。
檻の外へ。
星の、その先へ。
