当時のひとたちからして未来人の私達は、永遠にその正当性を疑うべきであると思っています。


チカラを持てば使いたくなるのがヒトの心理のようで、空手や柔道を齧ったヒトから、実生活において非常に邪なことに使われた経験ありますし、いまもなおつかわれている状態でもあります。


文武両道。


チカラを持つ時点から、そのチカラが現時点、その目的において妥当かどうかを考えねばならないと私は思っています。


作用反作用の法則です。

頑丈な壁にチカラをかけたら、真逆にそのチカラが返ってきます。


加害者は、ヒトは壁ではないから攻撃してよいかのように勘違いするのでしょうけれど、倫理、命のつながりはそう甘いものではありません。

かけたチカラは返ってきます。

返ってきたチカラが、加害者自身に等分に返るのが理想ですが、加害者の子孫に返されてしまった場合、可哀相なのはその子孫です。

身に覚えのない罪で罰を受けてしまう。


チカラを身につけたいなら、その向き、その用途、その用量までできるだけ厳密にコントロールできるよう併せて望み、精進しなくてはなりません。



未来人が永遠に過去の行いを疑ったって、過去の人は痛くも痒くもないと考えるのかどうかは、宗教観の分かれ目ですかね。