そーなんすよ?

演技や演劇は他人を理解するための純文学的行為なんです。
決してその場しのぎで相手に合わせる、という意味で使われてはいかんのです。
だから本書きの段階からリアリティは要求されるし…かといって現実にあった事件をモチーフにすりゃいいわけじゃないですが…お客さんからスタッフワークまでその認識は浸透しているべきなんです。


ちなみに純文学は自分とは何かを追求し、他人を理解させる行為です。演劇は本書きも他人を理解するのですから内容は同じか、よく似ていても表現方向がまったく違います。


一方、芝居はネタの真偽はどうあれ、他人を楽しませる行為です。
電気使用責任を被るのを嫌がるスタッフサイドがよく求めたがる方向性で、
だいたいスタッフなんて呼ばれ方をされることすら心外なはずですよね。人間だっつーの!みたいな感じで。
ジャケットの背中にかかれたスタッフの文字は、自転車漫画「かもめチャンス」の梶プロが背中に背負う"馬鹿でありがとう"てな文字と一緒で、
"オレの背中に立つ人こそスタッフ(物)だろ、オレは人様なんだよ"て意味なんですよね?
でも人様だったら芝居はできませんぜ?

その白文字に、サイン、してやろーか…!