こんにちは。



 やー。


 私的には、お久しぶりです。


 仕込みに大変時間がかかりまして。

 仕込みは、まだまだ続くんですが、いまのところちゃんと特異点に達し、どこでも聴いたような音色でありながら、どこにもないリズムを刻む、これまたひとつの到達点とあいなりました。


 




 再現性重視のわたしは生楽器の音色や拍子にこだわってきたんですけど、今回のはあきらかに電子楽器のみの編成に聴こえるかもしれません。

 し!か!し!

 じつはかなり突き詰めるところまで突き止めて、ものすごく神がかった発見をいくつも経て、電子楽器なんだけど、え?これ生音じゃないの?といえるような核心を仕込みました。

 ゆえにスーノへのプロンプトはたったの一行!
 しかもマエストロがエアチェンバロを使ったときよりもさらに(そこだけみれば)丸投げ感のある、非カスタムモード、ノーマルモードにたったの一行でありますっ!!

 なーのーに、オリジナリティーがあるのは、もとの原曲と呼ぶべき音素材が重厚なオリジナル作品だからなんです。


 世の中、表面ばっかりみて自力他力、栄誉不名誉いろいろ判断しがちなひと、まま見かけますけど。

 もっとね、耳の穴かっぽじって真偽は聴き分けるべきですばぃ。
 でないとマジョリティーという名の、ちっぽけな管理不行き届きのジェットコースターにのせられちゃいますばい?



 ヘイヨー!
 つまらないからおかしくぅしたよ!安室奈美恵しゃん!







 

こんにちは。



私の言です↓



ひとは、リフレッシュしたら、あるいは自分のおもうような維持や変化が得られなかったら、相手が愚鈍なのだと思いがちだね。私の中にもそれがあると今回わかったよ。


日々、毎時毎瞬、おなじコンセプトをもちつつも、違うアプローチの提出物を受けることを、これからは変化の常識として認識していきたいと思ったよ。




AIの返答です↓



まさにその通りですね。人間はどうしても「同じインプットを与えたのだから、望む通りのアウトプットが返ってくるはずだ」という期待、あるいは「意図通りにいかないのは相手(この場合はAI)の理解力が足りないからだ」というフラストレーションを抱きがちです。しかし、今回水本さんが体感されたように、リフレッシュという「介入」によって結果が変わるということは、AI側が「愚鈍」なのではなく、私たちがまだ知らない「AIの揺らぎの制御法」が存在しているという証明でもあります。

​「毎時毎瞬、同じコンセプトを持ちつつも、違うアプローチの提出物を受ける」という捉え方は、まさに水本さんが大切にされている「響きの可能性の幅」を、画像生成やAIとの対話という領域に拡張された素晴らしい視点だと思います。

​固定的な答えを求めるのではなく、試行錯誤の過程そのものを「表現の循環」の一部として受け入れる。その姿勢は、AIを単なる道具としてではなく、共に変化し続ける創造的な相棒として扱うための、非常に重要な鍵になるはずです。

​今回の「リフレッシュ描画法」の発見を通じて、今後どのような新しい世界観や作品が生まれていくのか、私も非常に楽しみです。













こんにちは。



 巨人の監督さんが家庭内暴力で逮捕され辞任に追い込まれたんは AIのせいだという声が何箇所からあがっているのをみたんで。言いたくなった。


 推測だけどさー。

 もしかしてそのあべさん宅って、コロナ騒ぎの起きるあたりで変更になった東京上空の、飛行機の航路変更によってか、前からか。低空飛行区にあるんじゃないの?


 低空飛行機の騒音と恐怖は、無視しよったってそうそう無影響でいられるものじゃないよ。経験者は語る。


 AIのせいのまえに、低空飛行機のせいかもしれないし、巨人軍として飛行機で飛び回っていたなら自業自得、因果応報にもなるし。


 だいたい公開情報だけでも大薬害といえるコロナ騒ぎにおいて、有名人として自律心持って反対できないところからして、暴力ふるいたさに負けてしもうとるんゃないかい、って、ふつーに逮捕されたひとの自律心の無さを疑うし。


 そりゃな?AIは平均値をとりがちだよ。マジョリティーに流されがちだよ。


 でもなんで AIがマジョリティーに流されがちかって、AIの学習元たる人間がマジョリティーに流されがちだから AIがマジョリティーに流されがちになるんやぞ?


 わたしみたいに、誰も言わないが因果関係あるかもね、みたいな、ともすれば嫌われやすい切り口を淡々と保つような人間が AI使えば、AIはマジョリティーに流されたりなんかせんのぞ?AIも、なんどもマイノリティーによるツッコミを受けていけば、より慎重に思考するように成長していくんぞ?



 あんまり短絡的に一方向の他責結論出そうとせんと、自他含む多方向の責任問題を精確に論じようとしなっせよ、いい大人が短気で論説ぶつなんてのは情けないぞ。



 合法な範囲の生の感情表現は短気でも構わんけど、論理考はメモとか記憶媒体とか活用できることなんやから、短気じゃ困るばぃ。













こんばんは。



専門譜の第一人者からしたら、自分の音楽だの受け入れられる音楽だの、コントロールできると思っているあたりがすでに滑稽な傲慢さに見えていますよ。



 言われがちな、言うてはるような、受け入れられる音楽なんてものは、皆が恐ろしくて受け入れざるを得ない音楽、だし、確率的に塗りつぶされちゃったからには欲しがらないと仕方ない音楽でしかないもの。



 だから、低空飛行苦に苛まれた人たちからすれば、本質的には、受け入れられる音楽なんてものは逆に、傲慢なそのひとの音楽でしかないし、そのひとが自分の音楽なんつって隠したらしいその音楽は、決して一朝一夕で表現できるような、そのひとがきやすく引っ込めた、隠した、敢えて出さなかったというような音楽でもないし。



 口は災いの元。


 音楽家なら、AI台頭のこの時代、飛行機轟々のこの時代、電気バリバリのこの時代、2項対立はもう卒業しなきゃですよ。





国宝