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部屋にぬいぐるみある?そのぬいぐるみの思い出あったら教えて ブログネタ:部屋にぬいぐるみある?そのぬいぐるみの思い出あったら教えて 参加中


どうもシャチハタ丸です。

最近は本当に暑いですね、本日出発したインターハイメンバーの皆様にも熱中症に充分気をつけていただきたいです。

道場の方にはノルマが時間内に消化できずに居残りをした連中が多数。

そして、列車がないからノルマ消化後もキャッチボールしたりバドミントンしたりする連中がいました。

どちらも私のことですが何か?

正確には一人でキャッチボールや一人バドミントンが出来るほど孤独が好きではないので、

ちょっと数学が出来ない二人を巻き込んでやってました。

やっている間はまあ良かったのですが、その後、暑さでみんなおかしくなってしまったのか

形容しがたいことになっていました。

が、こんなところであんな馬鹿らしいことを文章にする必要性が全く感じられないのでそれについては伏せさせていただきます。

聞きたい?

嫌。



さて、前座はさておきましてネタがないのでブログネタ。

部屋にぬいぐるみある? そのぬいぐるみの思い出あったら教えて。

だそうです。

何で言わなきゃなんねえの?

って発言は禁止です。

が、今となっては部屋の中見渡してもぬいぐるみなんて2、3個しかありませんね。

それらのことについて語っていけばいい時間になってくれるでしょうか?

それでは行ってみましょう。

一個目、奈々茶パンダ

机の上にすぐに目に付いたのは口に茶のペットボトルくわえたパンダのぬいぐるみ。

これは、確か小学生の頃にクレーンゲームで取りました。

それ以来現在までクレーンゲーム自体はやるんですが、狙った獲物が取れたためしがないので、

一応これが僕がクレーンゲームで取った最初で最後のぬいぐるみとなります。

確か、3回か4回やりました。無論のことぬいぐるみの単価では取れてないと思います。

で、なぜ「奈々茶」なのかと言いますと、確かこの時期に「生茶」のCMに松嶋奈々子さんがパンダ手に付けて出演してたんですよ。

たぶんそれで生茶もじって奈々茶なのだろうなと思っています。

長らく片付いていない部屋でこれまでずっと机の上の目立ちづらい場所に立ち続けていました。

もはや、「生茶の押し売り」の如くそこにいました。

ちなみに、

僕は綾鷹と伊右衛門が好きだ。



そして、それはこれからもおそらく変わるまい。許せ。



……ふと思い出しましたが、松嶋奈々子さんが付けていたのは「生茶パンダ」と呼ばれていましたよね、


で、手元のぬいぐるみは「奈々茶」パンダな訳ですよ。


うん、


パクリだな。



二個目、ピカチュウ


パソコンの延長線上、本棚の上のピカチュウ。


……が、落ちていた。


これは、任天堂が確か1992年、つまり僕が生まれる前に発売されたゲームボーイ用ゲームソフト、


「ポケットモンスター」シリーズ、略してポケモンに出てくる一匹です。


テレビアニメでは寝坊か何かで最初の三匹を選ぶ余地すら奪われてしまった残念な主人公に、「仕方なく」ピカチュウが渡されました。


なので、割と有名ではないでしょうか、と思うのと、


ゲームじゃなければ多分僕もピカチュウだな。


たぶん、寝坊するからな。


ちなみに、第一世代のポケモンはリメイクしかやっていませんが、僕はゼニガメを選びました。


で、ピカチュウと遭遇した際は、非常に相性が悪いので、いつも瞬殺します。


捕まえようだなんて思ったことはないです。


そもそも、僕は使うポケモンが、ニドクイン、サイドン、サンドパンなどの系統なので、でんきポケモン入れません。


さて、ポケモンについての話はさておいて、これはいつだか覚えていませんが、兄の物でした。


で、兄が大学に行ってからは僕のベッドの下で眠っていたのですが、ある日ぐらたんが家に来まして、


目に付く所に丁度ピカチュウがあったんですが、それを一度目にしたぐらたんは態度を豹変。


怒られちゃったぜ。


で、パソコンの向こう側の本棚の上に置いて、ぐらたんは一言。


「飾っとけ!」


思わず苦笑いしてしまったが、ごめんよぐらたん。僕はでんきタイプまったく使わないんだ。


と言いつつ、また本棚の上でピカチュウが僕を見つめています。


悪くは、ないかもしれないな。



さて、そして、もう一つ紹介なのですが、ちょっと先程母から


「ちょっと手伝え」と言われまして、行ってみたところ運送業の人並みに階段上がったり下がったりさせられました。


座ってちょっと落ち着いた今ですら汗がダラダラ落ちていまして、ちょっとそこについても触れておきましょう。


どうやら明日大きいゴミの回収が来るそうで、今まで溜め込んでいた粗大ごみの放出キャンペーンとなるそうでして、


何故か夜の十時を回ってから階段上がったり下がったりさせられています。


例えば、最初は二階から食器洗浄機、ストーブ、ガスレンジとかだったのですが、


外の物干し台というところが結構険しい階段の上にありまして、そこから二段ベッドの仕切りとか、ダンボールいっぱいの本とかになりました。


何でこんなに本があるのかな?


とか思って中をのぞいたら


小学校時代の教科書が出てきました。


で、これらを外の所定の位置まで運搬していたら通算時間45分、ついでに次の日となってしまっています。


汗の量は……道場に一時間くらいいたらこれくらいになるでしょうか、といったところです。


運送業の労働者の気持ちがよくわかりました。



さて、そんな久方の肉体労働もさておいて、ぬいぐるみの話題へと戻りましょう。



三個目、鯉のぬいぐるみ(こいのぼり?)


三つ目は鯉のぬいぐるみですが、もしかすると形状的な点を考えてこれはこいのぼりのぬいぐるみなのかもしれません。


全体は青色で、鱗にちらほら黄色、目元は赤と鮮やかな色をした鯉のぬいぐるみです。


ちなみに、他二つと違って片手で納まるぬいぐるみではなく、結構大きいです。


で、これ自体も兄の物だったのでしょうか? 記憶の途切れていない時点ではすでに家にありました。


小さい頃にはこれが抱き枕のような感じでした。なかなか一緒に寝ると心地良い物です。


小学校時代には兄弟で鯉のぬいぐるみ争奪戦もやった気がしますが、元々兄の所有物なんで勝ち目はなかったですね。


ちなみに、争奪戦が終わってからも兄がいない間は僕が昼寝に使ったりしてました。


で、兄もなかなか飽きることなく暑い夏ですらもずっと寝床において寝ていました。


家を出て行くまで。


で、この思い出のつまった鯉を僕が受け継がねばならないのだという使命感はあるんですが、


一緒に寝るのはさすがに……


と思ってしまったのは中学校時代の話、兄のように高校に入ってからも鯉と一緒に眠ること、は……できそうにないです。


申し訳ないな、と思いつつ、先程から実物を手に取りながら紹介文を書いているのですが、


手と足使って抱きついても持て余すほどの大きさのぬいぐるみであって今手にとっても大きいだろうと思っていたのですが、

今先程手にとって見たら、僕の足の長さほどもありません。

幼少時代に兄と僕の間に眠っていたあの大きな大きな鯉は今ではこんなにも縮んでしまったのか、

と、自分自身が成長したことを思わず忘却した挙句に、認めたくないという心が働いてしまいます。

逆に、あの頃は小さかったんだな、とも思いつつ、なんともいえない懐かしさを覚えて、多分、一番思い出深いぬいぐるみです。

中学では全ての事柄に無関心で、今現在では思い悩むことが多すぎて気が付かなかったけど、懐かしさも悪くはないのかもしれない。

後ろを見ずに進むのも間違ってはいないはずだけど、嫌な所を忘れて良い記憶だけ見ておくのも悪くはないのかもしれない。

たまには現実逃避するのも悪くはないか、と久方ぶりに思わせてくれました。



が、やっぱりこれは兄の所有物なんでしょう。

どうにも自分が使うには抵抗があります。

別に兄のことが嫌いだとか兄に恨みがあるとかそのようなことは何もありませんが、やっぱりこれは兄の所有物で、僕の物ではない。

僕はそれを見て、色々と思い出して物思いにふける。それだけで僕にとっては充分な気がします。

最近は、兄が電話をよこす日もすっかりと減ってしまい、いざ話をしたときにはもうすでに将来の話しかしなくなって、

兄はもうそろそろ、しっかり大人になっていくのでしょうが、どこかこちらとしては寂しいような気もします。

つい昨日のように、兄に連れまわされて歩いた街も、兄と眺めた城下(とはいえ城跡)の風景もちゃんと覚えています。

だけど、もうどれくらいの月日が経って、いつのことであったかは思い出せない。

いつか忘れる時が来るのは、嫌だな。

故郷にいながらもそんなノスタルジアを感じるのは、あと1年と半年しかない故郷でも日々の為なのか。

そんなことを考えつつ、頭の片隅で思います。

奮闘記こんなに真面目に書いちゃ駄目だ。


ええ、もうこれ以上やってられません。


事後の収拾が付かなくなってしまっています。


汗も引いたしそろそろ良い時間帯なのでこの辺で切り上げてしまいたいと思います。


それではごきげんよう、さようなら。