いつも私のブログをご覧いただき、誠にありがとうございます。『はじめての美容室』の最終章が出来上りましたので、投稿させていただきます。
ストーリー性あるなしに拘わらず、こんな長い文章を書いたのは、まったくはじめての経験でした。
では始めます。



ヴィィーンというモーター音が、悠生の耳からそう遠く離れてないところまで近づいてくる。
ジャッ、という軽妙な音とともに、5ヶ月間伸ばしっ放しになっていた襟足部分の髪の毛がバリカンの刃で切断され、襟エプロンの上を滑り落ちていく。
冴子は、左手に持ったコームで悠生の襟足を掬うようにしてあてがいながら、はみ出た髪の毛をバリカンで刈っていった。
……あぁ……おれ今、冴子さんに髪をカットしてもらってるんだ……。
仁美に手渡された雑誌を見ることも忘れて、悠生は上目遣いにチラリと鏡の中の自分を見た。
まだ襟足部分なので、見た目はほとんど変わらない。その後ろで、冴子がしなやかな手つきでバリカンを操っていた。バリカンが動くたびに、ジャッという音がして、カットされた髪の毛が滑り落ちていくのが、襟エプロンとカットクロスを通して伝わってくる。心なしか、頭の後ろの方が軽くなってきた気がする。
悠生の後ろ髪をコームが掬っていくのが、上へ、上へと昇っていき、ジャッ、ジャッと軽妙な音が続く。
やがて、ヴィィーンというモーターの音が止み、冴子がバリカンを傍らのワゴンの上に置くと、折り畳み式の鏡を手に取り、悠生の頭の後ろで広げて見せた。
「悠くん、こんな感じでいいかしら?」
「……あ、はい」
鏡の中に映る悠生。それに合わせ鏡をするようにして、悠生の後頭部の様子が映っている。先ほどまでのボサボサの髪は何処へやら、すっきりした襟足に、上に行くにつれて少しずつ長くなっている後ろの髪。まだ両サイドがそのままだから、正面から見ても、なんだか不恰好だ。もっとも、悠生が変身を遂げるのはこれからである。
「じゃ、次は両サイドね」
冴子が再びバリカンを手に取り、スイッチを入れた。
鏡の中で、カットスペースの椅子に座っている悠生。その向かって右側の揉み上げを少し刈上げてから、冴子がコームで髪を掬うようにしながら、バリカンの刃を当てる。ジャッ、という音がして、カットされた髪の毛が襟エプロンの上にこぼれる。そんな様子を見ながら、
……冴子さんの言ったとおり、ちっともチクチクしないや……。
あらためて襟エプロンの気持ち良さを実感する悠生であった。
首まわりにぴったりと密着するゴムにも似た、あの何とも言えない肌ざわりに、悠生は少しずつ快感にも似た感覚をおぼえていた。自分の中で、何かが変わろうとしている。それが一体何なのかは、悠生にもはっきりわからない。だが、この快感という名の蜘蛛の巣に囚われたことが、悠生自身、何よりも幸せなことのように思えた。
「悠くん、どうしたの?心ここにあらずみたいよ」
右サイドを刈り終え、一旦バリカンのスイッチを切った冴子に言われて、
「……えっ⁉」
と、悠生が我に返った。すかさず仁美が、
「あ、もしかして悠くん、Hなこと考えてたんでしょ?」
「考えてないよ!」
即座に否定するも、
「どうだかね~♪」
「本当だってばっ‼」
「ふーん……あ、わかった~♪悠くん、冴子さんみたく、女のひとにカットしてもらうのがうれしいんだよね♪」
「──‼」
ズバリ的を得た仁美の言葉に、悠生はギクリとなった。そんな微妙な表情の変化を見逃す仁美ではない。
「悠くん、今ギクッとしたでしょ。図~星、図星ぃ♪」
仁美に指を差され、囃し立てられる悠生。大当たりに当たっているだけに、それこそ何も言い返すことができない。そんな悠生をフォローするようにして、
「もう、ダメじゃない。悠くんをからかったりしちゃ……でも、嬉しいわね。そんなふうに喜んでもらえるなんて、それこそ美容師冥利に尽きるわ」
冴子がにっこり微笑むと、一旦バリカンのスイッチを切ると、
「悠くん、サイドはこんな感じだけど、いいかしら?」
「あ、はい……こんな感じでいいです」
鏡の中の自分を見て、悠生が頷いた。
右側だけだがボサボサの髪が一転、すっきりした感じになっている。サイドも後ろ同様、上へ行くにつれて少しずつ長くなっている。
……おれ、こんなにしてたのか……。
まだバリカンを入れてない左サイドと比べてみて、悠生はあらためて自分が、いかに無頓着過ぎたかを知った。中学時代の丸刈り生活から解放され、ひたすら伸ばしたい一心で5ヶ月間放ったらかしにしてきた。母の幸恵をはじめ、仁美の苦言にも、曖昧な生返事をするだけで、そのままにしてきた。さすがに外出する時は、帽子を被ったり、バンダナを巻いたりしてごまかしていたが、学校ではそうもいかない。部活が同じ(ちなみに吹奏楽部。悠生はサックスで、仁美はフルート)こともあって、一緒に登下校することも多い。そんな中で、悠生のボサボサ頭は嫌でも目立つ。本人はさほど思ってないが、色白で、顔立ちが童顔でかわいいものだから尚更だ。
……おれ、なんだか仁美に悪いことしちゃってたな……。
悠生と仁美は、幼稚園からの幼馴染みからの縁という訳ではないが、学校でも公認の仲だ。とりわけ仁美の悠生に対する世話焼きぶりはつとに有名で、誰の目にもまるで姉が弟にしているかのようにも見えた。そんな2人をからかうかのように、奈央やあゆ美たちまでもが、悠生の世話を焼くのを手伝ったりするものだから、2人の存在は尚更目立つ。
「……ごめん……」
ポツリとだが、いきなり悠生の口から出た謝罪の言葉に、
「なんで謝るの⁉やっぱりHなこと考えてたの?」
当惑する仁美に、
「ち、違うって!その……おれ、髪の毛ボサボサにして、仁美にイヤな思いさせちゃって……だから、ごめん」
「だから、今日ここに連れて来てあげたんじゃない。そんなことで、いちいち謝らないの」
仁美がひらひらと手を振って照れ笑いをごまかしながら、
『ホント悠くんって、優しいんだから』
悠生には聞こえないくらい小さな声で呟いきながら、さらにもっと小さく『好きよ』とつけ加えた。それを唇の動きだけで読み取った冴子が、
「あらあら、仁美ちゃんったら……」
ずいぶんと大胆ね、そっと耳打ちしながら
悠生の左側に立ち、再びバリカンのスイッチを入れる。
「えへへ……」
と、照れ笑いする仁美に、
「?」
悠生が怪訝そうな顔をする。
……何赤くなってんだよ。仁美の方こそ、変なこと想像してたんじゃないのか……。
仁美の心の中まで知るよしもなく、悠生は再び鏡の中を見た。
右サイド同様、揉み上げを少し刈上げてから、コームを使って髪の毛を掬うようにしながらカットしていく。やがて、両サイドとも、すっきりした感じに仕上がった。
冴子がバリカンのスイッチを切り、仁美と並んで立っている望美に手渡すと、
「悠くん、後ろも、サイドもこんな感じですっきりしたから、今度は上の方、カットしていくわね」
「……あ、はい」
さすがに後ろは見ることはできないが、両サイドを見ればある程度見当はつく。耳まで被っていたボサボサが消え去り、まるで見違えるかのように、すっきりした感じに仕上がっている。後は上だけだ。これがまだそのままだから、まるでキノコが笠を被ったみたいに見えた。
冴子が嘴みたいなクリップで悠生の髪をブロッキングしながら、
「あまりツンツンって感じじゃなくて、真ん中に行くにつれて少しずつ長くしながら、柔らかく立つようにカットしていくわね」
「お願いします」
頷く悠生に、冴子が鋏を手にすると、左手に持ったコームをあてがいながらカットしていく。
チョキチョキチョキ……。
頭の右斜め上あたりで鋏の閉じる音が聞こえる。カットされた髪の毛が、襟エプロン上を滑り、カットドレスの上に散らばっていく。冴子が、こまめにクリップでブロッキングする位置を変えながら、ボサボサだった悠生の髪をカットしていった。
時折、襟エプロンの首まわりに付いた髪の毛を指先で払われるたびに、ゾクッというか、なんとも言えない心地よさが、悠生の体の中を走り抜ける。
冴子にカットしてもらっていることに対する悦びも然ることながら、何よりも、首のまわりにぴったりとフィットする、襟エプロンの肌ざわり。カットドレスに包み込まれて何処へも逃げることのできない、拘束感にも似た感覚が、悠生の心を徐々に支配していく。まるで乾いた砂が水を吸い込むように、自分の中で何かが確実に変わっていくのを、悠生は感じていた。
……おれ、一体どうしちゃったんだろ……。
鏡の中の自分に問いかけてみたところで、答えなど出るわけがない。だが、鏡に映る自分の表情は、愉悦に満ちているというか、なんだかとてもうっとりしているように見えた。『まるで赤ちゃんみたい』などと、仁美に冷やかされた、襟エプロンをつけられた自分。それに仁美の姿が重なる。
……かわいい……とってもかわいいよ……。
大人のよだれ掛けみたく、襟エプロンをつけられた仁美が頬笑む。照れているのか少し頬が赤い。このままずっと……。
「悠くん、どうしたの?」
冴子に言われて、はっと我に帰る悠生。それを見て仁美がすかさず、
「悠くんのH!やっぱり変な想像してたんだ~♪」
と囃し立てる。
「違うってば!」
悠生が顔を真っ赤にしながら、あわてて否定するが、
「だったら、何で真っ赤な顔してんのよ」
仁美に追及され、
「そ、それは……」
悠生が口ごもった。まさか、自分の姿に仁美を重ねて見ているうちに、可愛さにも似た感情が芽生え、自分自身がカットドレスや襟エプロンを着せてもらうことが好きになったことに気が付いたなんて言える訳がない。それこそ仁美に格好の弱味を握られることになりかねない。
絶体絶命の窮地(そんな大袈裟なものでもないのだが)に立たされた悠生をフォローするかのように、
「悠くん、美容室デビューして、はじめて美容師さんにカットとかしてもらって、うっとりしちゃってたのよね♪ホントにうぶで、かわいいわ❤」
さも嬉しそうな様子で冴子が言った。
「ええ。まあ……」
心の中で冴子に感謝しながら悠生が頷くと、
「なんだ、それならそうと素直に言えばいいじゃない。照れちゃったりなんかして、ホントかわいい~♪」
仁美が、上機嫌な様子で矛を納めてくれた。
「はい、悠くん。こんな感じでどう?」
冴子に言われて鏡を見ると、そこにいるのは、ついさっきまでの悠生とは似ても似つかない、こざっぱりとした髪型をした悠生が座っていた。両サイドはすっきりとし、上の方は真ん中に行くにつれて少しずつ長くなるようにカットされ、ソフトなモヒカンというか、柔らかく立つ感じに仕上げられていた。
「あ、はい。ありがとうございます」
まだ頬を少し火照らせたまま、悠生が頷くと、冴子が毛足の長いブラシのような物で、首まわりに付いた髪の毛を払い落としてから、襟エプロンを取り、カットドレスを脱がせると、
「じゃ、お流しに、軽くシャンプーしますから、美紗ちゃん、お願いね」
シャンプー台の近くにいる美紗に声をかけた。
タオルをかけたまま、悠生がシャンプー台へと向かう。
再び、美紗の手で、シルバーのシャンプーケープを着せられると、カット前と違って、今度は軽くシャンプーだけをされた。
防水加工された、少し厚めで、重いシャンプーケープ。悠生はそれに対しても、襟エプロンやカットドレス同様に、自分の体が包み込まれる心地よさを感じていた。
お流しのシャンプーが終わり、再びカットスペースの椅子に座ると、今度は望美が濡れた髪を乾かしながらブローしてくれる。
「悠くん、とってもかわいいって言うか、かっこよくなったわね♪」
仁美ちゃんも、惚れ直すかもね❤と、耳もとで囁くように言われ、
「えっ⁉そんな……」
と、慌てる悠生に、
「悠くんって、ホントかわいい❤」
望美が悪戯っぽく笑いながら言った。
「悠くん、お疲れさまでした♪」
ブローが終わり、望美がタオルを取ると、悠生は椅子から立ち上がった。仁美が近寄って来て、
「ね、あたしの言う通りにして、正解だったでしょ?」
と言うと、
「うん。ありがとう」
悠生が素直に頷いた。
お金は、母の幸恵から預かってきたのか、仁美が会計を済ませると、
「ありがとうございました♪仁美ちゃん、悠くん、また来月ね」
「悠くんならいつでも大歓迎よ❤もちろん、仁美ちゃんもね❤」
「今度は、あたしにシャンプーさせてね❤約束よ♪」
冴子たち3人の声に見送られて、悠生と仁美は、『Hair Friend's』を後にした。
昼下がりの駅前通りを並んで歩きながら、
「あのさ」
「何?」
「ありがとう。美容室に連れてってくれて……。じゃ、おれ、帰るな」
照れ臭さを隠しながら駆け出そうとした悠生の手を掴むと、
「ね、もうちょっとだけ歩こうよ」
少しだけ、うつむき加減で囁くように仁美が言った。
「えっ⁉」
思わず聞き返す悠生に、
「もう‼男の子なんだから、ぐずぐず言わないっ!」
ったく!焦れったいわねとばかりに、ちょっと怒ったように言ってから、
「それに自転車、悠くん家に置いたままだし……」と、呟くように言った。
「そうだね」
仁美の手をそっと握り返しながら、悠生が頷いた。


                                                        (おわり)



いかがでしたか、最後はなんだか無理して切り上げたみたいになってしまい、誠に申し訳ありません。ここまで長い文章を書いたのは、まったくのはじめてで、大抵途中で挫折するんですが、なんとか終わらせることができました。
いつもながら思い出話に尾ヒレという脚色がつき過ぎて、まさしくフィクション、オリジナルストーリーじゃないの?と思われるかもしれませんが、私のルーツというか、現在に至るまで持ち続けている、カットクロス(ドレス)にネックシャッター、
それにシャンプークロス(ケープ)に対するフェチの根幹は、ここから来ています。
稚拙な文章表現にも拘わらず、こうして目を通していただき、誠にありがとうございました。


※おまけの画像。ここまで極端じゃありませんが、真ん中に向かって立つ癖がついてますから、ついモヒカン気味になっちゃうんですよね。

これってネックシャッター?でもよく見ると、前で留めてないし、う~ん謎です。

もはや定番のバックシャンプーシーン。こうしてシャンプーされると、不思議に痒くないんですよね。

こんなの着せられてシャンプーしてもらいたいなぁ……。