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『はじめての美容室』の第4章(というか、どこまでが何章なのかいい加減なものなんですけどね)が出来上りましたので、投稿させていただきます。
私自身、こんな長い文章を書くこと自体、まったくはじめてのことで、最初はどうなるかと思ったのですが、よくもここまで続いたものだと、我ながら驚いております。
では始めます。



そんな悠生の胸の内を知ってか、望美にブローしてもらっていた仁美が、いつの間にか、椅子の向きを悠生の方へと回してもらい、意味ありげな笑みを浮かべて悠生のことを見ていた。
……どうせまた、何かろくでもないこと考えてるんだろうな……。
仁美がこういう顔をする時は、大抵ろくなことを思いつかない。幼稚園からの幼馴染みなだけに、ある種の勘のようなものが、悠生の中で警告を発していた。
だが、仁美は何も言わない。ただ意味ありげに笑いながらこっちを見てるだけだ。
「な、なんだよ」
どうしても拭えない不安に対し、遂に根負けした悠生が仁美に聞いた。
「別に」
あくまで惚けてみせる仁美に、
「気持ち悪いなぁ。言いたいことがあるなら、さっさと言えよ」
もうっ!焦れったいなぁとばかりに悠生が急かすと、
「いいの?言っちゃっても……」
ますます意味ありげな色を濃くしながら、
「うふふ……悠くんって、そんな格好していると、まるで赤ちゃんみたいで、すっごくかわいい~♪ねぇ、バブバブって言ってみて♪」
「誰が言うかっ‼」
思わず言い返しながら、悠生は言い様のない恥ずかしさで、顔が真っ赤になるのを禁じ得なかった。
「なんだ、つまんない……あ、そうだ。悠くん、記念写真撮ってあげるね。せっかくの美容室デビューだもん」
「馬鹿っ、やめろ……それにカメラなんて、どこにもないじゃないか」
「大丈夫。ブロー終わったら、そこのコンビニで使い捨てカメラ買って来てあげるから。それに今、あたしのこと馬鹿って言ったわよね……」
……ヤバい……。
悠生は狼狽えたが、頭にタオルを巻かれ、カットドレスに襟エプロンをされて椅子に座らされている状態では、どうすることもできない。
「あたしのこと馬鹿って言ってタダで済むと思ってるわけ。そうだ、写真撮ってみんなに配っちゃおう。奈央でしょ、あゆ美でしょ、あいこに涼華……」
親しい友だちの名前を指折り数える仁美に、
「ごめん、悪かった。仁美許して」
悠生が必死になって謝った。万が一、そんな恥ずかしい写真をバラ撒かれでもしたら、それこそもう学校に行けなくなる。
幸いにも、客は自分たち2人だけだからよかったものの、他のお客たちが居合わせていようものなら、それこそ大爆笑ものだ。
「ほんとに反省してる?」
腕組みしながら聞いてくる仁美に、
「反省してます」
と、素直に謝る悠生。
我ながら、男として情けない……。
きっと冴子たちも嘲笑っているにちがいない。恐る恐る鏡の中で探すと、カット用の鋏類を準備している冴子も、シャンプーケープを拭いている美紗も、仁美をブローしている望美も、みんな笑いながら悠生たちの様子を見ていた。だが、その笑いは蔑みを含んだものではなく、むしろ微笑ましいというのか、仲のいい姉弟がじゃれ合ってる様子をいとおしげに見守る母親や姉のようなものを思わせる、優しい雰囲気に満ちあふれていた。
……よかった……。
何がどうよかったのか、思わずホッとする悠生に、
「じゃ、バブバブって言ってみて」
と、仁美が迫る。
「なんでそうなるんだよ!」
「だって反省してるんでしょ!いいじゃない、バブバブぐらい」
どうしても、悠生に『バブバブ』と言わせたいらしい。
一体、どの口がそんなこと言うんだか……と聞けば、仁美のことだ。『この口に決まってるじゃない』と即座に言い返すだろう。幼稚園からの幼馴染みなだけに、悠生も仁美の性格は知悉している。出来れば、そのおしゃべりな口に猿轡なり、ガムテープでも貼ってやりたいところだが、それはそれでまた出来ない相談だった。
「……バ……バブ」
「聞こえない!」
頭の近くでドライヤーの音がしてるせいでもあるのだろう。仁美がぴしゃりと言い放つ。
「……バブバブ……」
恥ずかしさのあまり、さらに顔を赤くしながらもようやくの思いで、仁美が聞きたがっていた“赤ちゃん言葉”を口にすると、
「はーい。よく言えまちたあ~♪」
と、まるで本物の赤ん坊を相手にしてるみたいに、手を叩きながら満足そうな微笑みを浮かべる。
……こいつ、後で覚えてろよ……。
頬のあたりがカッカするの感じながら、悠生が伏し目がちに鏡の中の自分を見た。確かに、カットドレスだけならともかく、襟エプロンをしていると、なんだかお地蔵さまというか、涎かけをしている赤ちゃんのようにも思えた。だが、そんな自分のことを、仁美は「かわいい~♪」と言う。
……かわいい……ねぇ……。
確かに仁美は、襟エプロンをされてる悠生を「赤ちゃんみたい」と言い、悠生に『バブバブ』と“赤ちゃん言葉”を迫った。
だが、それは決して悠生のことを辱しめるのが目的ではない。この襟エプロンのことに限らず、仁美はしょっちゅう悠生のことをからかっては、その反応を面白がっているものの、『恥をかかせてやろう』という悪意のようなものを感じたことは、今の今までただの1度もなかった。
……おれの、こんな格好が「かわいい~♪」だなんて、仁美って一体何考えてんだろ……まさか母性本能……そんな訳ないよな……。
胸の奥で苦笑いしながら、悠生が軽く首を振った。
そんな悠生の様子を見ながら、
「悠くん、どうしたの?お顔真っ赤よ。もしかして、エプロンきつかった?」
冴子が聞いた。
「だ、大丈夫です……」
あわてて否定する悠生。
「そう。もう、ダメでしょ、仁美ちゃん。そんなふうに悠くんのことからかったりしちゃ」
カットに使う鋏類をシザーハンズに収めた冴子がたしなめる。
「えへへ……だって……」
自分の言葉に対する悠生の反応がおかしくてたまらないのか、クスクス笑いながら仁美が、
「悠くんの、その格好……すっごく可愛くて……」
「あら、仁美ちゃんだって、カットの時、悠くんと同じ格好してるじゃない」
冴子に言われて、
「そりゃそうですけど……」
……そうなのか……仁美もカットの時、おれと同じ格好してたんだ。だったら、おれのこと笑えないじゃないか……。
そういえば、この襟エプロンだって、別に悠生のことを辱しめるためにつけられた物ではない。カットした髪の毛が、クロスの襟のところから入り込まないようにする配慮から、冴子がつけてくれたのだ。
カットしてる時に、悠生が不快な思いをしないように、冴子がつけてくれたのだ。
軟らかなゴムのようなものが、悠生の首まわりにぴったりと巻き付く、冴子の手が優しくマジックテープを首の後ろで留めてくれる。自分の首まわりにぴったり密着しているが、それでいて窮屈さをまったく感じさせない。ついさっき、冴子に襟エプロンをつけてもらった、あの何とも言えない気持ち良さが、まざまざと甦ってくる。冴子の悠生のことを気遣う気持ちが襟エプロンになって優しく包み込んでくれている。そう考えただけで、なんだか胸がドキドキして、ますます顔が火照ってくる。
……ば、馬鹿っ、おれ何考えてんだ……!
思わずいけないことを想像しかけた自分を心の中で叱りつけるものの、相変わらず胸のドキドキは止まらない。頬もまだ火照ったままだ。
そんな悠生のことなどお構い無しに、
「でも、あたしの時ってエプロン、ピンクでしたよね。冴子さん、悠くんって、ピンクも似合うと思いません?」
とんでもないことを言い出す仁美。それを聞いて冴子も、
「そうね」
と頷き、
「悠くんなら、色白で顔もかわいいから、確かにピンクも似合いそうね。
悠くん、ピンクに変えてあげようか?」
「──‼ い、いいです、いいです!」
大慌てでブンブンと顔を左右に振る悠生。
……じょ、冗談じゃない。いくらなんでも、ピンクだけは……!
「そうよね。やっぱり悠くん、男の子だから、グリーンの方がいいわよね」
そう言って、冴子が、悠生の頭に巻かれていたタオルを外した。
……た、助かった……。
思わずホッと胸を撫で下ろす悠生に、
「悠くん、今日はどんな感じになさいますか?」
髪の湿り具合いを確かめながら、冴子が聞いた。このあたりの切り換えの絶妙さが、プロたる所以なのだろう。
「……えーと……」
咄嗟にどう答えていいかわからず、口ごもる悠生を尻目に、
「とりあえず、襟足と両サイドを短めに刈上げて……」
ようやくブローを終えた仁美が、いつの間にか悠生の座っている椅子の近くまでやって来て、あれこれと冴子に注文をつけ始めた。
「──‼ なんで、そこで仁美が出てくるんだよ!」
「あら、だって悠くん、今流行りの髪型とか知らないでしょ!」
「……う……」
確かに仁美の言うとおり、悠生はお世辞にもヘアスタイル等ファッション関係にそれほど詳しくはない。TVに出ているアイドルやタレントたちのファッションなど、なんとなく見てるだけで、記憶に残ることなど、まったくと言っていいほどなかったし、そもそも、自分の髪型について、あれこれ注文をつけたことが今まで1度もなかった。なにしろ、小学校の頃は床屋さんにお任せだったし、中学の3年間は、例によって丸刈り生活だったから、こうして注文をつけること自体、まったくはじめてのことなのだ。
そんな悠生のことを気遣ってくれてるのか、仁美が冴子にあれこれと注文をつけ、冴子も頷きながら色々と言葉を返している。悠生だけ、まさに“蚊帳の外”といった感じだ。
……本当に大丈夫かな……?
仁美のこととはいえ、まさか自分に恥をかかせることはないだろう。母の幸恵に約束した手前もある。こうなったら、すべてを信頼して、仁美に、そして冴子に任せるしかない。まさしく、“俎板の上のコイ”だ。
やがて、2人の間で話がまとまったらしく、冴子が悠生の方に向き直ると、
「それじゃ、悠くん。まず襟足と両サイドを刈上げて、すっきりしましょうね」
カットスペースの台の端に置かれたバリカンを手に取った。
……えっ、刈上げられるの……。
“刈上げ”と聞いて、悠生は一瞬ドキリとした。悠生にとって、刈上げ=バリカンであり、バリカンといえば、嫌でも中学時代の丸刈りを連想してしまう。
だが、冴子が手にしたバリカンは、悠生の知っているバリカンとはずいぶん違っていた。
悠生の知っているバリカンは、長いコードが付いた、まるで工作機械のような大袈裟な代物だったが、冴子が今、手にしているバリカンは、TVのリモコンをやや小さくした感じの、コードのない充電式のタイプだ。
……えらく小さなバリカンだな……床屋さんと違って美容室になると、バリカンもまた、ずいぶんオシャレな物になるんだなぁ……。
妙なところで感心する悠生に、
「はい」
と、仁美が音楽関係の雑誌を手渡した。
「あ、ありがとう」
「あら、やけに素直じゃない~♪もしかして、女の人にカットしてもらうんで、嬉しいのかしら?」
「えっ⁉」
「ほら、今赤くなった~♪悠くんったら、すぐ顔に出ちゃうタイプだもんね。ホントかわいい~♪」
ズバリ当たってるだけに、何も言い返すことのできない悠生。そんな悠生をフォローするかのように、
「じゃ、始めるわね。仁美ちゃん、あまり悠くんをからかったりしちゃダメよ」
「は~い♪」と返事する仁美に釘を刺すと、冴子がバリカンのスイッチを入れた。
ヴィィーンというモーター音が響く中、
……とうとう、ここまで来たんだ……。
これから冴子の手でカットされるのかと思うと、悠生は、胸の奥が前にも増してドキドキするのを感じていた。

                                                      (つづく)


いかがでしたか、だんだん話を進めていくうちに、セリフ回し等、尾ヒレがつき過ぎてしまい、純粋(?)な思い出話が、フィクションになりつつありますが、悠生の心の中に芽生えたある種の変化=今の私のルーツをなんとか描写してみたつもりです。


※おまけの画像。こちらは鋏ですが、こんなふうに襟足すっきりになるんですよね。

ビニールっぽいカットクロス⁉これってシャンプークロスじゃないの?でも、後ろで鋏持ってカットしてますし……。

どこかレトロチックなパーマシーン。私自身、パーマの経験はありませんが、この厚みのあるクロスを着せられて、シャンプーしてもらいたいですね。


ホント今思えば、終始彼女のペースに振り回されっ放しというか、何かと世話を焼いてもらってましたね。同い年なのに、本当にお姉ちゃんって感じでした(実際の私は、3人兄妹の1番上)。あの日の彼女に本当に感謝です。