市川市の郭沫若記念館のお庭では、
芝桜が見ごろです。




住宅街に突然現れる芝桜の絨毯。
心癒されます。


近隣にあった郭沫若さんのご自宅を移築して、市が整備したものなのですが…。
郭沫若さんって、どんな方なのでしょう。

中国では教科書に必ず登場する偉大な作家で、市川市ホームページによると、次のように書かれています。
「中国・四川省楽山市出身の文学者・歴史学者・政治家である郭沫若氏は、昭和3年から約10年間にわたり、市川市の須和田で家族とともに暮らしました。その後、日本と中国の架け橋となる活躍をし、市川市と楽山市の友好都市締結のきっかけとなりました。」
その功績を地元の方々が守り伝えていく。とても素敵なことだと思うのです。
…………………………………………
郭沫若記念館周辺には、弥生文化をいち早く取り入れたであろう遺跡のひとつである須和田遺跡や、下総国分寺跡があります。


須和田遺跡のある台地から下りると、黒松が守られた街並みへ。
市川市内の京成線沿線には、至るところに黒松が見られます。

黒松が織り成す風景。
舗装した道路から生えているので、守っていくにも課題が多いですね。

この辺りはかつて市川砂州といわれたところで、東京湾の入江でした。黒松は防風林の名残なのです。

ちょうど通学時間でした。
自分の学生時代に思いを馳せつつ。


このたびの熊本、大分の大地震。
心よりお見舞い申し上げます。
一刻でも早い復旧と
被災された方々のご健康を
心よりお祈り申し上げます。
芝桜が見ごろです。




住宅街に突然現れる芝桜の絨毯。
心癒されます。


近隣にあった郭沫若さんのご自宅を移築して、市が整備したものなのですが…。
郭沫若さんって、どんな方なのでしょう。

中国では教科書に必ず登場する偉大な作家で、市川市ホームページによると、次のように書かれています。
「中国・四川省楽山市出身の文学者・歴史学者・政治家である郭沫若氏は、昭和3年から約10年間にわたり、市川市の須和田で家族とともに暮らしました。その後、日本と中国の架け橋となる活躍をし、市川市と楽山市の友好都市締結のきっかけとなりました。」
その功績を地元の方々が守り伝えていく。とても素敵なことだと思うのです。
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郭沫若記念館周辺には、弥生文化をいち早く取り入れたであろう遺跡のひとつである須和田遺跡や、下総国分寺跡があります。


須和田遺跡のある台地から下りると、黒松が守られた街並みへ。
市川市内の京成線沿線には、至るところに黒松が見られます。

黒松が織り成す風景。
舗装した道路から生えているので、守っていくにも課題が多いですね。

この辺りはかつて市川砂州といわれたところで、東京湾の入江でした。黒松は防風林の名残なのです。

ちょうど通学時間でした。
自分の学生時代に思いを馳せつつ。


このたびの熊本、大分の大地震。
心よりお見舞い申し上げます。
一刻でも早い復旧と
被災された方々のご健康を
心よりお祈り申し上げます。