好きなものって、いっぱいある。
 
嫌いなものも、それなりにある。
 
好きなものと、嫌いなものと、
どっちのほうが多いのか
数えたことはないから わからないけれど。
 
あるときは 目の前のものやことが好きなものばかりな気がして、
嫌いなものが思いつかないときもあって、
なんか、わたしはとってもしあわせな人間なんじゃないかって
思うときがある。
 
でもあるときは 嫌いなものやにがてなものばかりが
こころを占領して
なんだかすっきりしない気分になって、
なんでこんなに何もかもが嫌なんだろうって、
自己嫌悪に陥るときもある。
 
こどものころ
なんで世界から問題はなくならないんだろうって
ぼんやりとかんがえたことがある。
まいにちニュースでいろんな問題がくりかえし流れ、
なんで解決できないのか、とても不思議だった。
 
いまになって考えれば、
とても斬新な疑問だな、と。
自分のことながら、
こどもって、ちょっと おもしろい。
 
そしていま、
世界から問題はなくならないのかもしれないけれど、
自分の嫌いなものは
もしかしたら、なくせるんじゃないかって、
ぼんやりとかんがえている。
 
むかしは歴史の勉強が大嫌いで、
むかしのことを知って何になるんだろうって、
その勉強をすること自体に意味を見出すことができなかった。
そして、ただ覚えるだけの単調な作業が
わたしにとっては ただただ、苦痛でしかなかった。
 
でも地図は大好きで、
地理だってただ覚えるだけの単調な作業なのに
地図を眺めることに 何の意味も理由もないのに
覚えることが
その土地のことを知れることが
楽しくて仕方がなかった。
 
この違いはなにか。
 
単純であたりまえの答えなのかもしれないが、
これは、興味があるかないかの
ただそれだけの理由だとおもう。
 
嫌いだと思うまえに、
「知りたい」と思うこと。
 
それだけで、世界ががらっと変わってくる。
 
ひとつ知りたいことをみつけるだけで、
他にも知りたいことがどんどん出てきて
手がつけられないほどになる。
 
わたしは 人間が嫌いだ。
 
人間が嫌いだと、思っていた。
 
いま、人の話を聞かなければいけない仕事をしている。
当然だが、聞かなければいけないということは、
質問をしないといけない。
 
でも、質問が思い浮かばない。
 
人間が 嫌いだと思っているから。
 
きっと、わたしは
相手に興味がないのだろう。
 
わたしは、相手に興味を持つことにした。
 
これまで長いあいだ生きてきて、
ずっといろんな人に興味を持ってこなかったので、
どうやって興味を持ったらいいかわからないけれど、
とにかく、相手のことを「知る」
「知る」には どうしたらいいか
 
そんなことを考えているうちに、
以前は一生懸命考えないと質問できなかったけれど、
そのうち、以前より自然に質問できるようになった。
 
第一印象はとっても大事だけど、
第一印象がすべてではない。
 
嫌な印象を受けた相手でも
話を聞くと、実はすごくいい人だったりする。
 
自分が勝手に決め込んだイメージで
相手を判断してはいけない
 
そんなことを考えながら人と接しているうちに、
この仕事がすごく楽しくなってきて、
嫌いだと思っていた人間が
なんだか好きに思えてきた。
 
人には「向き」「不向き」って必ずあるから、
興味を持ってやってみても、うまくできないことは必ずある。
でも、興味を持つだけで、
「不得意」なことが「嫌い」にはならないんじゃないかなぁ、って。
 
たとえ「不得意」だったとしても、「好き」でいられるんじゃないかって。
 
そんなことをかんがえながら、
今日も笑顔で生きようとおもう。