世の中には、教訓・戒め・諺(ことわざ)・格言etc...

いろんな「ためになる言葉・お話」があります。


そんな中で、いつどこで知ったのか。

私が一番好きなお話を。

うろ覚えながら書いてみます。




ある国が戦争をしていました。


国の主の王は兵を従えて戦場へ赴きました。


陣地の奥に座を据えた王の胸元へ、あろうことか敵陣から一本の矢が飛んできて突き刺さりました。


息も絶え絶えに倒れた王の元へ家臣達が駆け寄り、そして口々にこう言いました。


だから言ったのだ。やはり戦をするべきではなかった。


いや、こんな場所に陣を構えたことが間違いだったのだ。


私は反対した!


いや、お前はこう言ったはずだ!


見張りは何をしていたんだ!


口々に互いを責め合う家臣の足元で、王は息を引き取りました。




ずっとニュースを見ています。ずっとニュースばかりを見ていたから、反面、ネット上の情報も含めて「被災していない一般の人達」が何を思っているのか。そこにはほとんど触れずにきていました。特に意識して避けていたわけではないんです。テレビばっかり見ていたから必然的にそうなっちゃったんです。


昨日、仕事で近くまで来たからと(言いつつもたぶん様子を見に来てくれたのだと思う)知人と顔を合わせ、お茶しながら少しばかり話し込みました。


今、福島第一原発で起きている出来事について。


そもそも「原子力発電」とはどういうものなのか?


原子がね。


ふむふむ。


知人に聞きました。


超個人的な考えとして「原発」ってモノは有りだと思う?ダメだと思う?


電力の供給源としては有りだと思う。とても有効なものだと思う。だけどやっぱりアレは今の人類が持ち得る技術で制御できるシロモノでは無いんだ、とも思うんだよね。


えっと…原子力発電の先進国ってドコなの?


え!?日本なの!?!


そんな話をしている中で、私はニュースを見ていてかなり強く感じていたことを口にしました。


政府もメディアも、すごく、すごく、「控えめ」に報じている気がする。みんながパニックを起こさないように。


うん。そうだと思うよ。


今、あそこで起こっている出来事は、うちらが想像で考えている範囲をはるかに超える事象が起こっているのだろうと思う。


発表されている放射能漏れのレベルもかなり控えめに報じられているのではないだろうか、と私は思っている。


そして、なによりもニュースを見ていて私の気に引っかかったこと。


「報じられていない事」がある。




あの、福島第一原発の施設内で作業を行っている人達。




ここ数日、ニュースを見ながら感じ取り、でも言葉に出来ないでいた気持ち。どう言葉にすればいいのかわからずに宇宙語のままアタマん中で巡っていた思い。そんな私の気持ちを昨日、千葉さんがこちら の記事の冒頭で見事に代弁してくださいました。


リンクも張りましたが、あまりにも端的に、的確に、見事に代弁してくださったお陰で、今、私はこれを書くことができています。だから、勝手ながら冒頭部分をこちらでも引用させていただきます。(千葉さん、毎度勝手な行動ご容赦ください)




福島第一原子力発電所…思うところは多々あるのだけれど、今彼らに何か言っても意味はないし、彼らにしかできないミッションに邁進している最中にとやかくいうような真似はしたくない。ただ、今どうしても思ってしまうのは、ああいった現場の人々の英雄的行為なしには最悪の事態を回避できないというのは、どうにもやりきれない。残念です。




昨夜、神奈川県内あちこちに散らばる友人達とメールで「計画停電」についてやりとりしていました。その中で福島の話がちらっと出てきました。私はそれについてこんなことを書いて送ったんです。


「ちょっと心配ですよね。かなり控えめに報じられている気がします」(少しばかり目上の人なので丁寧語)


それに彼女はこう返してきました。




「原発は私個人の調べた結果ですが、大丈夫だと思います。もう利益優先なんて出来ないと思うから。この先使えなくなるけど、みんな海水入れちゃえば良いのよ。もっと停電増えるけど仕方ない。」




…。


…?


一瞬目を疑いました。


え? と思った。


実はこの人、天体マニアで、その流れもあってなんというか「自然科学」の世界がすごく好きな人で、実際好きなことに対してかなりマニアックにのめり込む人なんです。


「私個人の調べた結果ですが」というのも、彼女なりに色々と情報収集した結果だと思います。過去の彼女のマニアックぶりから言ってそう思うんです。


でもその「調べた結果」に対して彼女が出した答え。


絶句しました。


そもそも海水注入の作業じたい、はかどっているわけではないのでは?それはそれでちょっと横に置いておいたとしても。




「もう利益優先なんて」




もしかして、こういう考えの人、たくさんいるの…?


あの、福島第一原発内で作業をしている人達に対して、その所有者である東京電力に対して、こういう考え方を抱いている人達がたくさんいるのか…?


ニュースばかり見てきて、一般の人達が感じていること…たとえばネット上などの情報にまったく触れていなかった私は、もしかしてアタシ、ちょっと違った意味で井の中の蛙?と、気づかされたんです。


東京電力じたいがどう思っているかはわからない。


確かに一企業である以上は利益優先に考えるシーンもあるでしょう。


ですが、この未曾有の有事の際に(←日本語微妙)「利益」?


「あれこれ試行錯誤模索してみたがどれも上手くいかなくて、それでもこの期に及んでまで利益を」ではなく、元から、一発目の問題が起こった時点で利益前提で動ける類の問題では無いのでは?そんなことは、言われなくたって当事者が一番良くわかっていることでは?


まぁ 東京電力じたいの考えはちょっと私にはわかりません。


ですが、この「利益優先」という言葉に私が過剰に反応してしまった一番の理由。




現場で作業をしている人達。




あの人達が今後の「利益」を考えて行動していると思いますか?


この先も、あの施設を「継続して利用していける道を模索しながらの作業」をしているのだと思いますか?


損得勘定しながら海水注入をしているのだと思いますか?


万が一にも起きてはいけない事態が起こってしまった。


そしてその事態に対して、これ以上最悪の状況を招かないために、必死に、懸命に、あの施設内で作業をしている人達は、まさに文字通り「命を懸けて」、命懸けで作業をしているはずです。


避難先でインタビューを受けている女性がいました。主人が原発の施設内に残っているのでそれが気掛かりで…と、声を詰まらせていました。


今日のニュースで「施設内に残っていた人員のうち750名を退避させ、50名を残した」と報じていました。


残された50名。


今、あの施設に残って1秒たりとも気を休めることなく作業を進めている人達。


その人達が抱いている思いは?


利益ですか?


今後の施設運営についてですか?


違う。


絶対違うと思う。


私、「絶対」って言葉、使うのは好きじゃないんだけど、でも今回ばかりは使わせてもらう。


最悪の事態を避けるために、絶対に起こしてはいけない事態を避けるために、なんとしてでも避けなければいけない事態を招かないために。


そのために、あの施設に残った50名は、避難した自分の家族の身を案じながら…どれほど家族の側に戻りたいと、一緒にいたいと思っていることか。


でもそうするのではなく、あの場に留まり、懸命に作業を進めているんです。


「招いてはならない事態」


「それが現実となってしまったら」


その恐ろしさは、私達、ただニュースを見ている一般人よりも、施設に残っている人達が誰よりも一番、痛切に理解しているはずです。それだけでも相当なプレッシャーの中、その人たちの進める作業に、福島の避難している人どころか、日本国内どころか、全世界が注目しているんです。


その人達を前にして、




「何がいけなかったのか」


「何が間違っていたのか」


「どうすれば良かったのか」




海水注入すればOK?


あの施設はもう使えなくなるよね。


ああ もったいない。


停電増えるけどしょうがないよね。


そんなことをただニュースを見ているだけの私達がどうして口にすることが出来る?


なぜ、責めることが出来る?


なぜ、利益云々などと言える?


なぜ、今、まさに今この瞬間にその是非を問う?


彼らが行っていることをただ見守ることしか出来ないその歯がゆさ。このまま「万が一」の事態が起こってしまったら。遅々として喜ばしい効果が表れないことへの苛立ち。


でも、それは今、口にすることではないと思う。


今、あの施設に残って作業を進めている人達。


みずからの体を張って、命を懸けて、作業を進めている人達。


あの施設に残った50名、ひとりひとりに、避難先でその安否を気遣う家族がいるんです。


そして残った50名のひとりひとりが、きっと、たとえみずからの命と引き換えてでも「最悪の事態を招くまい」と、必死の思いで作業を進めているはずです。


つまり「最悪の事態」とは、それほどの事態だ、ということです。


そしてそれを一番理解しているのは、痛いほど、文字通り痛切に理解しているのは、誰よりも、あの施設の中に残っている人達です。


それを前にして、私は、福島第一原発の施設内に残っている人達に、あなた達が懸命に作業を進めているだろうその状況を「ここで 見守っています」と、「残ったすべての人達が、全員無事に、笑って家族の元へ戻ってこれることを願っています」と、ただ、それだけを伝えたいです。


是非を問うのはまだ先の話です。




口々に互いを責める家臣の足元で、王は息を引き取りました。