私もかつて虐めを苦に自殺を考えた一人です。
じゃあ、何故自殺しなかったのか?何故思い止まることが出来たのか?と思われる方もいらっしゃると思います。以前のblogにも書きましたが、それは両親の為です。親より先に死ぬのは最大の親不孝であり、最大の裏切りです。
病気や事件、事故で親より先に死ぬのならともかく、自ら命を絶つのは許されないと考えていたからです。
ですが、残念なことに私の両親は毒親でした。自殺を思い止まった処で誉めてくれるわけでもなく、慰めてもらえるわけでもない事は、子供ながらに判りきっていました。
ただ、母は私が学校での事を話さないことを疑問に思っていたらしく「家の子は学校での出来事を何も話さない」と近所の奥さんに心配そうに話していたのを覚えています。
学校での出来事とを話さなかったのではなく、話せなかったのです。
学校から一歩外に出れば学校での出来事を全て忘れてしまっていたのです。記憶がないのですから当然話すことなど出来ませんよね?ですが、一夜明けて学校に行かなければならない時間になると、学校での恐怖体験を思いだし、学校に行くのが怖くて堪らなくなる。
私が学校に行きたくないと言えば、それは甘えだ我が儘だと言って行きたくない理由も聞かずに無理矢理学校に行かされる…帰宅後、同級生の誘いを断らせてくれず、にこやかに送り出す母を恨んだことも有りました。
私は小学校時代の写真を見るのも嫌でしたし、今でも見たくありません。ある日私がアルバムの整理をしていると、学校関係の写真も貼ったら?と母に言われ中高生時代の写真は貼りましたが、小学校時代の写真は貼れませんでした。私が結婚するときに何冊か小学校時代の写真も渡されましたが、未だに広げて見る事は出来ません。普通の子供として普通に楽しく学校生活を送っていた頃も有った筈なのですが、思い出すのは自殺を考えるほどの絵に描いたような壮絶な虐めと言う名の暴行、迫害体験だけです。
正式に診断を受けたことは有りませんが、解離性健忘で有ることは間違いないと思います。
「虐められて辛いなら逃げろ!逃げるが勝ち」と大人は言いますが、当事者の子供にとっては、誰に相談してどんな逃げかたをすれば良いのか判らないと思います。周囲の大人、特に虐め被害者の家族が異変にいち早く気付き護ってあげるべきではないでしょうか?