早いもんで、ナンシー関さんが亡くなって6年。
七回忌だそうで、渋谷パルコで大回顧展が。


『ナンシー関 大ハンコ展 
  見た!彫った!書いた!39年の人生と全仕事』



ナンシー


催しに気づいたのが最終日の前々日。
やばい、急がねば。
そんなわけで仕事あがりに滅多に行かないのにALONE渋谷へ。


つーか渋谷人多過ぎ!!何これ?
みんな渋谷に何を求めてるわけ?
そんなにハチ公前で待ち合わせたいわけ??

いけふくろう前でいいじゃんむかっ


え~~ん怖いよ~~えーーーん
カツアゲされたらどうしよう!!!!


と埼玉っ子丸出しな怒りとビビリを隠しつつ、
なんとかパルコ到着。


フォーラムがある6Fにあがると入場待ちの行列が。
そして狭い会場内もすごい人ですよ、奥さんダッシュ
まさに寿司ずめ寿司 トロ


人掻き分けて進むと紙面で見たことのある消しゴム版画の
原画、ならぬ原消しゴム(?)がたくさん展示されていて、

その細かい仕事に驚いたり感心したり、だったのだけど
とにかくすごい人であまり良く見られなくて…残念す。


全国を回る予定らしいので、もし埼玉もあるならもう一回行きたいわ。


生前親交があった方々による、ナンシーとの思い出コメントが

会場内のモニタで流れていたんだけど、誰だったかが

「ナンシーが生きていたらテレビがこんなにクイズ番組

ばっかりにならなかった」的なコメントをしていてさ。

(確か山田五郎発言だったと思うがちとあやふや)


おバカ全盛時代はナンシーという堤防があれば防げたのかね。


ナンシーが好んで彫っていた水野晴郎のハンコも複数あって、
展示物の最後に晴郎への追悼の言葉が掲示してありました。


この6年、ネットが急激に普及して、テレビの中もだいぶ変わり、
晴郎もナンシーと同じとこへ。


でも森繁は健在。森繁FOREVER。


そしてあらためて 「いつも心にナンシーを」



んで、帰りはアレっすよアレ。
副都心線ね。開通初日っす。


渋谷から一直線で埼玉まで帰れて楽チン音譜

だけど乗った電車の運転がすごく荒い、っていうか下手だった↓↓


やっぱ初日だけあって「まだ前の電車が止まっていて駅に入れない」的な
途中停車が多いんだけど、ブレーキ踏むたびに慣性の法則がすごくて。
ガックンガックンむちうち寸前ドクロ


開通初日なのに新人研修?とか疑っちゃったわよ。まったく。


そして↑の日から数日たったけど、有楽町線含め遅延しまくり子鬼むかっ

朝、今までと同じ時間の電車に乗っても遅延で完全遅刻。

けっこう余裕もって行ってるのにさ。


コレ、開通したての混乱とかじゃ済まないと思うんだけど・・・

ダイヤとか根本的な問題じゃね??
早く何とかしとくれーームンクの叫び