青森県八戸市城下4、市立二中2年、宮古若花菜(わかな)さん(当時14歳)が93年10月、自宅で刺殺された事件が27日午前0時で時効(15年)を迎えたことに、遺族や若花菜さんの知人、捜査関係者らは無念の思いをにじませた。(毎日新聞)
同中の1コ下の子でした。
彼女のお兄さんが学校の人気者だったので、彼女の名前は知っている。というくらいでしたが。
当時は私もまだまだ子どもだったのか、事件に対してあまりピンとこなく、
おそらく自分の同級生ではない。といことからなのか、
「かわいそう」とか「ヒドイな」といった印象だったような気がします。
思い出せば・・・
事件のときは、全校集会が開かれ、同級生の子達が涙を流していました。
そして、下校時には多くの記者達。
「彼女について教えてください」見たいな事を聞かれたような気がしましたが、
学年が違うので。と断りました。
帰宅後TVを付けると、自分の学校・先生、見覚えのある住宅街がニュースで流れていました。
なんだか、自分の周りで起きたことなのに、不思議な気持ちだった事を覚えてます。
事件後の何日間は、一人でいるときには
急に後ろを振り返るのが怖くなったり、物音に敏感になったりしていました。
あまりピンとこなくても、どこかで恐怖を感じていたのでしょう。
その後、集団下校をするよう指示があり、防犯ブザーも持つよう言われました。
夜間外出の禁止もあったと思います。
その後、事件の進展もなく、高校に進学し学校の先輩に同じ「ワカナ」の名前の人から
「殺された子と同じ名前なの~」
みたいな自己紹介をされたのを覚えてます。
その時になりようやく、「怒り」や「悲しみ」、「亡くなった彼女や遺族の思い」など様々な感情を覚えました。
今考えれば、その先輩もまだ10代ですから、ちょっとしたジョーク的なものだったのでしょうが、
当時はそう思えなく、その先輩に対してはず~っと軽蔑していたような記憶があります。
その後思い出すこともなく、
最近になり時効の事を耳にし、ようやく思い出した自分に情けなさを覚えました。
こんなに記憶にあるのに、忘れていくんですね。
風化される事件。
という事をよく言いますが、
多くの人よりはとても身近な事件だったはずなのに、自分も忘れていた一人になっていました。
今頃になって、犯人に対する怒りが湧き上がってきます。
そして、そんな自分を恥ずかしく思います。
こんな私ではありますが、
やはり、犯人には捕まってほしかったです。
改めて、宮古若花菜さんのご冥福をお祈りいたします。