原子力ムラ(原子力推進省庁側)からの独立性を念頭に設置されるはずの原子力規制庁
コレが

↓
こうなる

ところが、
やっぱり蓋を開けてみれば...臭ってきます。
原子力規制庁設置法案にも『附則』のおまけつき
『霞が関文学』を読む
テレ朝・モーニングバードから木曜日の
「そもそも総研より」
削除されたので再度根性でUP!!
↓
前編
後編
そして、
原子力規制委員長になった田中俊一という偉い人は、こういう御方でした。
↓

【原子力規制庁長官 田中俊一氏のこれまでの言動記録と経歴】
<田中俊一氏の経歴>
1945年1月生まれ。
1967年3月、東北大学工学部原子核工学科卒業
日本原子力研究所に入所、企画室長、東海研究所所長、副理事長などを歴任。
2007年1月~2009年12月:原子力委員会の委員(委員長代理)となり、
原発推進を積極化させてきた。
現在、一般財団法人高度情報科学技術研究機構の会長をへて顧問
本部は、東海村の日本原子力研究開発機構の原子力科学研究所構内に所在し、原子力データーセンターが前身。現在は原子力、地球環境等の分野における情報科学技術の高度化、大規模計算機の利用技術の開発、原子力分野の計算コード及びデータベースの提供を主な業務としている。
運営資金は、日立・三菱・日本電気などの核メーカーほか原子力ムラ。
<言動>
田中俊一氏は、26回損賠審で、原案に「放射線防護の基準を参照にしつつ」を加えよと20mSv未満切り捨てを執拗に主張。(東電補償の減少を目論む)
田中俊一氏は、25回損賠審で「基本的には建前的な言い方をすれば、20mSvをさがったということで解除になる」という年20mSvまで子供も妊婦も被爆すべしという。
田中俊一氏は、損害賠償紛争審査会発言(25回)で「収入が得られる状態までというと(略)終期がないような賠償になる。(略)どこかでけじめを」と、被災者の苦難を見捨て、東電を救済するため南相馬に対して7月保障打ち切りを主張している。
田中俊一氏らの、「20mSv未満切り捨て論」に抗議して、2012年7月1日に南相馬市最大のホールに1200人以上が参加、最大規模の住民会合が開催された。
田中俊一氏は、当初の徐染目標だけでなく、食品の安全基準を500ベクレルから100ベクレルに、水の安全基準を100ベクレルから10ベクレルに引き下げるのも「風評被害」を広げると反対。
田中俊一氏は、児玉龍彦東大アイソトープセンター長がBGO検知器を用いた食品検査機開発を昨年8月に提案した時も、「金がかかりすぎる」と妨害発言。
その機械は開発に成功し、福島のコメ全袋検査の鍵となっている。
田中俊一氏は、飯舘村長泥地区で、事故後に区長宅におしかけ、異常な線量にもかかわらず避難もまったく奨めず「除染実験」を試みた。
田中俊一氏は、地元自治体や母親の学校除染の要請で環境省が、除染目標を年1ミリとしたとき、これに反対し5ミリまで切り下げを主張した。
田中俊一氏は、日本原子力研究所出身で、もんじゅの原子力研究開発機構顧問、原子力委員会委員長代理で原子力村そのもの。
田中俊一氏が、活動拠点としている「NPO放射線安全フォーラム」は、原子力村企業が「プルサーマルの安全性と必要性」というセミナーなどを原子力企業会議室でやるプルサーマル推進のNPO法人。
田中俊一氏は、NPO「放射線安全フォーラム」で、地域をはじめ、多くの方の支援を得てこれまでに飯舘村の民家や伊達市の学校等で試験的な放射能除染を行い、放射能除染が可能であることを実証してきた。多く人の力が必要であり、ボランティアを募るとしている。
(原発推進者が偽善的に贖罪的にこんなことしている、放射性物質を水で退けることくらい誰にでもできる。除染技術が求められているのだ)
国民・福島県民のための除染活動をしていると思ったら、研究者としての超自己満足のために除染作業をしているようだ。研究論文用であろう。
はたまた、除染活動をしながら、彼が言うように(早期に原発の再推進のため)「早期収束」をはかることのみを目的としているのか。現場に入り、原発推進のための情宣活動を兼ねているのか、空恐ろしき田中俊一氏の言動である。
彼は、40年間、原発推進してきた研究者の人間、福島原発だけの爆発で変わることは絶対ないことだけはいえる。また、頑固な職人同様、研究者であるがゆえに変えようもない。国民をすべて無視している政治に関わるべきではない。
松下政経塾政権の野豚は、姑息にも、福島の現場で除染活動しているというだけで、原発推進をこれまで進めてきた張本人を規制委員長に就任させ、早期、原発再稼動、新規原発建設へばく進しようとしている。
ミスター原子力ムラですぜ!!
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