人が興味、関心を抱くメカニズムって、
どうなってんだろう?


生まれながらに携えてきている感性に加えて、
後天的な環境因子によって、それらは顔を出してきて、
それぞれの個性として興味、関心が広がっていく。


その表れ方は千差万別で、体を動かすのが好きな子でも、
スポーツやダンス、演劇等、身体表現の手法は様々。


また身体表現として、手先を使って物を作り上げることを好む人もいる。
絵を描いたり、手芸をしたり、料理をしたり、書道をしたり、楽器を奏でたり。
口で表現する歌唱があれば、目や耳を使っての鑑賞を好む人。

見た目では身体的な表現には見えなくとも頭を使って、
クイズの答えを考えたり、プランを組み立ててみたり、
脳内活動を駆使することを好む人もいる。


体を動かすこと、物を作り上げることどちらも好きだと言う、
器用なオールラウンダーも当然いるわけで、その[好き]は一体どこからやってくるのか、
思春期の頃からその出所には興味を持ってきた(占いに興味が強かったのは、人と人の違いに関心が強く、
なんとなくそれは介護の分野でも興味に支えられていた所があるように思う)けれど、
興味のないことに対する拒絶反応が強い息子を見ていると、
そのことを考えずにはいられない気持ちになってくる。


息子を前に興味が湧くような計算方法を伝える話し方もきっとあるんだろうけど、
相手の興味ある、なしに振り分けられてしまうと、
こちらが試してみたいことも実施するまでに及ばない。


いわゆるカリスマと呼ばれる人は、
どんな技を持って人を惹き付けているんだろう。




昨日は何とか2ケタ÷1ケタの割り算に取り組んで貰えたので、
今日3ケタ÷2ケタの計算手順を伝えようと息子に向かって私が話し出すと、
途端に目を瞑って、全身から拒絶反応を発散し始めた(-_-)


過去の経験から「自分は計算が苦手なんだ」と自覚しているところから、
計算学習に興味を抱かせることが出来るのか?

息子の興味をなびかせる技量を持たない私はくじけそうになる。



電卓があるんだから、頭の中で考える計算なんて出来なくても困らない。
そういう考えもあるし、私自身計算が苦手な方だったから、
実生活で使う計算なんて、小3程度、
大きく見積もっても小5程度まで履修していれば充分な毎日を送っている。

そんな奴から計算教わりたくない息子の気持ちも分からないでもない。



私が心配してるのは、恐らく中学校から先の事で、
例え通信制高校だとしても、提示されたカリキュラムのうち、
半分~七割程度の理解は求められるのだろうと予測しているから。


その時になって0からのスタートになるより、今から少しずつ継続していけたら、
できるようになることもあるんじゃないかと微かな希望を捨てられずにいるから。


息子に高卒の資格を望むのが間違っているのか、今はまだ分からない。


ただ、いずれ私やパパさんには息子を支えられない時が訪れる。


それまでに息子が生き延びる術を発揮出来る環境を整えておきたい、
そう思うのは欲張りなんだろうか?




もちろん今日息子は学校参加してなくて、
更に計算へ気持ちを向けられなかった後に紹介動画から見つけたゲームアプリ。



スライスヒーローというゲームだそうで、
色味だけに単純化された登場人物から作品名やキャラクター名を探るゲーム。

結構面白くて、私も一緒になって考えてしまったf(^_^)


ランダムに並ぶ平仮名を一文字ずつ選んでタップしていくから、
視機能トレーニングにはなってるかな?

私も一緒に考えて50問クリアした頃「なんか頭が疲れてきた」と息子。




好きではないことに人は取り組めるのか?


そんなことを考える私なのでした。