秋口から、近くで水道管取り替え工事が始まっており、
自宅前の民間駐車場には、重機が停車するようになった。


重機が動き出すと大きな音がして、
心無しか家も揺れることがある。


その重機が動き出した音をきっかけに、
昨日目を覚ました息子は、自分のタイミングで起きられず、
なんともだるだるな朝を迎えた。



その不調な状況を引きずったまま、今月二度目の塾へ。
出発前から、塾に行くことに不満を抱えており、低調なまま出発。


体調が今一つだと、何かと過敏にもなるようで、
車内では酔ったかも…と呟き、車外に出ると鼻をおさえてる。

塾に到着すると、運悪く、塾の上のフロアから改装工事音が響いてくる。


気持ち悪くなったら自分から先生に教えてね~という約束から講習開始。


平日のこの時間だと、未就学児のクラスに囲まれて、何かとにぎやかな教室。
泣き声なんかも響きわたる。


低調な息子には、今日はゆるやかな講習でいこうと担当講師。


毎回、今日やることをホワイトボードに書き出していくのだけど、
コロコロ読みにタイピング、掛け算九九の苦手な段の暗唱を終えると、
持ってきた俊太郎さんの詩を読もうかな?と息子が言い出した。

じゃあ、ホワイトボードに今日やることとして書いてみて…と講師からの指示。


モニターの中の息子は、どんな風に書けばいいのか迷っている様子。
困っている自分の状況を察して欲しいけど、
自分から講師へ問い掛けることができずにいた。

息子の様子を見ていた講師からヘルプ要求について説明を受ける。
分からない漢字があれば「教えてください」と、
困っていることを自分から相手へ投げ掛けていく練習。


イルカの詩の朗読を始めると、少しペースを持ち直す。
最初に読んだ時に比べたら、つっかえる回数が減ってきた。




講師とのフィードバックの時間。


総合コースを選んでいるため、学習以外の所でも、
置かれた状況で周囲との関わりかたを
学ぶことも目的として含まれる。



やはり、ヘルプ要求がこのところの課題。


これには私にも責任がある。


数年前に、実家へ遊びに行ったとき。

私と息子を見ていた母に、
息子が要求を出す前に、すでに私が何かを用意していたことがあり、
言い出さなくても、そんなことまで分かっちゃうんだ~と驚かれたことがある。



私には息子が要求する前から先に動いてしまうところがあった。
母に驚かれるまで、それが驚かれるようなことだと、思ってもなかった。

それから、少しずつだけどそんな自分を意識してる。


よく言えばツーカーな私と息子。

でもね。
家を一歩出たら、先回りして手助けしてくれるような機会は、
成長に伴って減っていく。

自分の要求を自分で口にしていかなければ、学ぶ機会を失うこともある。



私もぐっとこらえて先回りを控えるよう心がける。


息子がヘルプ要求の出し方に迷えば、
一緒に考えるようにする。


自分の好きなこと以外の分野になると、
言葉の選び方、並べ方に迷ってしまう。

聞く前も、今聞いていいのかな?と判断に迷う。


低学年の頃も、先生に聞いてみたら?と言う私の呼び掛けに、
「いつ聞いたらいいか分からない」と話していた。


先日、カードを引いていた時に息子が口にしていたのは、
「どうしたら学校で一人ぼっちにならないか?」ということ。


周りに先生も児童もいないような、
視覚的にも全くの一人ぼっちである環境を言っているわけではなく、
精神的な一人ぼっちを息子は言ってるのではないかと、後から思った。


どうしたらいいのかな?と感じた時に、
周囲へ聞き出すタイミングが分からないとき。
こんな時に一人ぼっちを感じるのかもしれない。


また息子に聞ける機会がきた時に、
このあたりのことを聞きたいと思ってる。


生育環境で私が先に息子の要求を満たしてきたことで、 
自分から要求を伝える技を身につける機会を私は奪ってきていた。


ここは、私も成長していかなければならないところなのだ。