明日11月14日は、埼玉県民の日で学校はお休み。
今夜は長めに話をしながら、息子とのお風呂タイム。
昨日、息子に「もう学童に行かなくていいよ。」と伝えると、
彼の口から発せられた第一声は、
「やっと(学童から)出られる!」だった。
あぁ。息子にとっての学童は、
暗く、寂しく、淀んだ空気で、不自由な、
きっと牢獄みたいなところだったんだ…。
思えば、彼は風のエレメントの生まれ。
閉じ込められていては、
彼の良さは発揮できなかったんだな~と思い知る。
緊張して強張る表情では、
そりゃあ、友人関係だって築きづらくなるだろう。
今夜のお風呂トークで、
今日、学童に行かず、笑顔で過ごせた息子を見ていて、
私が「すごく安心した」という感想を伝える。
そして、4月から慣れない学童という環境の中で、
恥ずかしいであろう、自分の弱さを訴え続けてくれ、
その中で、息子なりのチャレンジを続けてくれたことで、
私が初めて知ることとなった、
彼を囲んでいた世界に気づかせてくれた、
そんな息子にたくさんの感謝を伝えた。
これまで、息子の努力があったからこそ、
私が助けられていたことにも感謝した。
私の言葉に涙する息子。
たくさん我慢していたことがあったということを、
彼の涙が物語っていた。
息子が涙しながら言葉を続ける。
「今日、Y君がうちに来て、
うちにあるもので遊んで、
笑っていたの見て、嬉しかった。
友達が楽しく遊べるこの家でよかったな~と思った。」と。
息子は、自分が楽しむ以前に、
隣にいる友達が楽しめているか?
その友達は、何をして遊ぶことが楽しいのか?
そういうことに気を配っているらしい。
はぁ~。どんだけ優しいヤツなんだ~とため息が出る。
私が小1の頃、そんなこと考えてなかったよ。
もっともっと、(いや今だって…)もっと自分本位だったよ。
こんなことも。
「同じ幼稚園とか、保育園の子とかと、遊ぶのは嫌なの。
新しく友達を作っていきたいの。」と。
安穏としていられる関係性だけではなく、
未知の関係性に賭けてみたい・・・という意味合い。
そして私に問うてくる。
「ママは探しつづけているものってある?」
「ええっ?深いこと聞いてくるね~~」とまたもや感嘆する私。
あまりに深くてシンプルな質問に、
「あるね。あるよ。探し続けていることばっかりだよ。」としか、応えられなかった。
そして、息子が今探し続けている二つのことを教えてくれた。
一つ目は、クラスも学童でも一緒で、苦手な二人の子が、
どんなことを考えているのか、探し続けている…という。
二つ目は、どうやったら友達ができるのかを探し続けていると。
なんだか、息子の健気な思いに、私まで涙が滲んできた。
今度は私が息子に問う。
「Y君とは、どうやって仲良くなったの?」と。
少し考えてから、
「いろいろ話していって、すごいな~と思うことがあれば、
すごいね!と話したり、どんなことが好きなのかとか、
いろいろ話していくうちに、友達になれた。」と。
それで十分だよ。
自信もっていいよ。
ママも同じだよ。
見ていて、話してみたいな~、知りたいな~と思えたら、
そこから話をしていって、それでママも友達ができていったよ。
一緒だよ。
だから、笑って、楽しそうにしていたら、
かならず友達ができるから、大丈夫だよ。
そのやり方に自信もっていいよって。
今回、息子が学童を利用せずに、
私が時短での勤務継続の道が開けたことを、
互いに、自分らしい選択ができたことを、
二人でハイタッチして喜んだ。
そのあと。
今夜の息子は名言続きで、身体を洗いながら、
「脱皮だね。」とつぶやいた。
「幼虫から脱皮して、抜け殻が残って、セミが出てくるでしょ~。
ポケモンに出てくるズルックは脱皮ポケモンなんだよ。
ズルックは脱皮して進化していくんだよ。」
教わることがばかりだ。
OK。「今日は‘脱皮記念日’だ!」と私が声をあげ、
何度も二人で‘脱皮記念日’をコールした。
お風呂から出て、たくさん話せて良かったと喜ぶ息子。
また今日みたいにたくさん話そうね、とピッカリ笑顔。
パジャマに着替えてから見たケータイには、
姉からのメールが届いていた。
私たち親子を、そっと見守っていてくれた姉。
そこには、こんな画像が添付されていた↓
脱皮記念日を経て、少し成長した私と息子。
前回の新月に、私らしく、息子らしくいられるよう願っていた。
そして、数時間後の(14日の7:08)新月を前に、
前回の私の願いは叶ったように思えた。
一つ切り抜けても、クラス替えや、夏休みの対応など、
また課題は浮かび上がってくるのだろう。
でもそれは、「じぶんが自分になるための」すべてはミッション。
今夜は、そんな気がしている。

