心の紐が解かれていくと、想念帯の中に集められ抑圧されていたエネルギーの噴出が起こったりしてきます![]()
それは想念帯と呼んでいる方もいますが、自分は良くこれをカルマの巣とも言っております![]()
ただ他の方と見解は違うかもしれません![]()
自分が語るのは、宗教体験だと思ってはいます
誰の受け売りではなくて実際自分が開いて、それを伝えているのです![]()
でも自分の通って来た道は。先導があまりいなくてね![]()
一部の方がほんの少しアドバイスを残している師もいますが、殆どいないのが現実
ほんと心の紐が解かれていくと、想念帯の中に集められている抑圧エネルギーの噴出が起きてきます![]()
それと開いてはならぬと言われているようなパンドラの箱をカルマの巣とも自分は言っていますが
こう言った事を話していると、あの浦島太郎の事が思い出します![]()
浦島太郎の物語の原作のおらすじ
あるところに浦島太郎という人がいました。海辺で子どもたちが亀をいじめているのを見つけ、助けてやります。
亀はお礼にと、太郎を背中に乗せて海底にある竜宮城へ連れていきました。
そこには美しい姿をした乙姫がいて、豪華な食事を出して手厚くもてなしてくれました。
楽しい時間を過ごしていた浦島太郎ですが、そろそろ元来た場所へ帰ることを告げます。
すると乙姫は、「絶対に開けてはいけない」と伝えたうえで玉手箱を手渡してくれました。
浦島太郎が地上へ帰ると、あるはずの場所に家はなく、知っている人も誰もいません。
あたりを調べてみると、太郎が竜宮城へ行っている間に、とてつもなく長い時間が経過していたことがわかりました。
さらに浦島太郎は、乙姫からの忠告を忘れて玉手箱を開けてしまいます。
中から白い煙が沸き上がり、浦島太郎は白髪と皺だらけのおじいさんの姿になってしまいました。
ある仙道の師はこんな事をいったおられて方がいました。
潜在意識を相手にしてはならない。
それを開けたなら、一生つい合わさなければならなくなる![]()
なんと自分などは浦島太郎のお話を思い浮かべてしまいますね
でもその開けてはならぬと言う箱(カルマの巣)を自分は開けているのです。
それは自分で開けたのではないのです。
運命によった開けざるおえなくなって、そして神仏のご加護師の恩恵によって開けたのです。
突き詰めて行くと、沢山の苦しんでいる方の光や希望になりたいと魂が設定して生まれて来てね
ただ開いたから、素晴らしいとかは終わらない![]()
浦島太郎はその絶対に開いてはならぬという箱玉手箱(カルマの巣)を開けて、
白髪と皺だらけのおじいさんの姿になってしまいましたと言う事でしたが、
思うんだけどね、カルマ乗り越えて行くのには時間を要するようです。
気が付いた時は、浦島太郎は白髪と皺だらけの老人になっていたというようなもの
自分に照らし合うと、まさに同じようなものです。
いつのまにやら浦島太郎のように、ほんと長い長い時間を要するようですね![]()
乙姫は、浦島太郎に「絶対に開けてはいけない」と伝えたうえで玉手箱を手渡してくれました
でも浦島太郎は乙姫からの忠告を忘れて玉手箱を開けてしまいます。
浦島太郎の事を思うと、自分は開けてはならぬパンドラの箱(カルマの巣)事を思い出しますね
ただ浦島太郎のように乙姫さまから玉手箱を貰ったのではないですが、
例えが違うかもしれないですけど、
誰もが想念帯と言われているものを持っているのですね。
高橋師などはこう説明されています。
この想念帯そのもの意識の一部であり、エネルギーから成り立っていますが、
ここは潜在意識と表面意識がまざりあった世界ですと言っておられました
でも誰もが期が熟されれば、心の紐が解かれていくかもしれません![]()
ほんとそんな現象として体験して行くのではないでしょうか![]()
まず普通に想念帯に亀裂が入ったりする事は難しいと思います![]()
なんらかの行を行ったりしていると、そういった想念帯に亀裂が入っしまう事もあるかもしれませんが
でもそれには師の適切な指導タイミングいろいろな縁によって開けてくる思います![]()
思うんだけども大多数の方は開いて。それを乗り越えて行くのは少し難しいかもしれません![]()
殆どの方は生前の思い行いを体験して生命ぐるみをそれを持ち帰り、祝福されている世界に還った時に
生まれて来た課題を忘れてしまい
祝福されている世界に還った時に、もしかしたらしまった![]()
それらの課題をもう一度それを乗り越えて行く為に、もう一度とチャレンジャーして行くのではないかと思っています![]()
自分などはお手本にはならないかと思いますが、ただそんな者も一部はいるのではないでしょうか?
自分の魂はそれを見せる為に設定して来たものもあるようです![]()
でも人間はあらゆる体験をしてきているから、だから自分だけではないのです
どのような方も同じような体験をしてきていますからね。
現実世界を現象として現れていたりしても、自分だけが嫌な思いをしているとはならないのです
自分の魂が設定して来ているのですからね。
でも意思としてはまたそれは別だけどもね![]()
その想念帯の深く沈んでいいる底から抑圧エネルギーが上がって 頭丁に沸いては空間に消えて行く
始めは 底からうっすらしていたエネルギーからだんだん大きくくなるにつれある現象だと気づく事になるようです
その実態が解って来ると思います。
良く窓元過ぎれば熱さを忘れるといいますよね![]()
ほんとこのような例え話が現実体験として理解できるようになるかもしれませんね
例えるなら初め掘り起こした時は湧き水の如く物凄い勢いで噴出してきますが、
そしてもっと深く掘り起こしていくと、そんなエネネルギーが出にくくなるような感じがします![]()
自然に出しにくく上に上がって行くエネルギーと同時に、意識の水準を掘り下げていかないと、なかなか掘り起こしていけないようです。
自分などは潜ると言う表現を使ったりしていますが、ほんと行きはよいよい帰りは怖いみたいなものを感じたりしますが、
でもそれを言ったところで何もならないから、すべて手放し
そして少しずつそり落としていくうちに内なる穢れのないピアな内なる子供が、ちょくちょく顔をだしてくるようになるようです![]()
その辺から徐々に今までの自分の意識としていたものが、内なる純な子供に変化逆転していくような感じがしました
その抑圧それているエネルギーを掘り起こしていくうちに、まるでシーソのようにはかりの位置が変わって行くような感じがしていました
自分でも不思議と自然に移行していくと思いますが、無意識にいつの間にか本来の自分に回帰して行くような
それは本来の自分を取り戻して行くうちの過程なのでしょうけど、
それが現在社会とかはまるで真逆のようなになってしまう![]()
生きにくくなるのは仕方がない
何しろ鎧で固めてあった物が、なくなるのだから
他とはまるで思考とか違って行くような![]()
あのアースエンジェルの話を持ちだしたくないけど、そのような感じになってしまうようです。
でも誰もが本来そうであったものだと思うけど、いつの間にやら大人になってそんな感覚も鈍くなったり感じなくなったりしているのでしょう。![]()
ここが心の紐を解いた者はそうでない者の違いはあると思いますが、
だがここで勘違いしたらいけないのです。
開いたから偉いのではないのです。
何にしてもその後の生き方いかんによって、その真価が問われるのです。
例えるならまずはテッペン欠けたけ?
あのあかんぼうのおんぎゃぁ~の声のような純粋なものはないですよ![]()
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