先日、マイセン磁器の日本総代理店の方がお越しになられ
素敵なサロンが開催されました
。

ドイツのマイセンといえば、
ヨーロッパ初の白色磁器が誕生した街で有名です。

ベルリンから北へ約170キロ、国際鉄道に乗って2時間。
人口5万人ほどの今なお中世の趣が漂っている街マイセン。

石畳が敷き詰められ、質素だがどっしりとした建物が
並ぶまさにドイツの光景が思い浮かびます。
17世紀、東インド会社を通してもたらした中国や日本の美しい
磁器は当時のザクセン王アウグストを強く魅了した。

ヨーロッパでは透明感溢れる硬質の磁器は夢のまた夢。
1710年そんな夢を成功させたのが
ヨハン・フリードリッヒ・ベットガー、
彼の名は300年近くを経た現在にも伝えられ、
マイセンの街には銅像が立てられています。
当時ドイツやオーストリアでは18世紀東洋の絵柄に追随することをやめ
祖国古来の動植物を描くようになり『植物図解』をモデルにしたと。

1715年、現在は大変入手困難であるff画と呼ばれるカップが作られる。

何度も塗り重ね影を描きだしている。
繊細中でもっとも繊細な作品
うろこや真ん中のつぼみに注目したい![]()

高貴な扱いを象徴する脚つきなのも特徴。
金ごてとよばれる4種類7色のカップのお値段に驚き。

その中でもラレなグリーンを見せて頂いた。

上薬の釉薬が掛かっているところと、そうでないところにも注目。

uniという一点ものから成り、同じものがない。優美なカップ。
1720年。ウィーンから招かれた
絵付師ヨハン・グレゴリウス・ヘロルトによって
マイセン窯の名声は不動のものとなる。
1724年中国から伝来、ドラゴンとよばれるカップ。

意味深い内容がこめられている。
ここで中国が好む『4』という数字を理解。

1、2、3、4と回るよう円を描くように描かれている。
その4という数字には、春夏秋冬、起承転結、
というように回りまわって永遠に続く、富と権力が
過去、現在、未来にも続くという円の意味がある。

次に、大航海時代を迎えていたヨーロッパでは、
シナ風の意匠がもてはやされ
シノワズリの中国趣味の様式そ生み出した。

ヘロルトがいち早く取り入れ流行に乗る。
フランスから来た職人さん。
シノワーとはフランス語で中国。

浮き彫りのレリーフが繊細にたくさんほどこされている。
とても珍しい男女が語らう絵付けのカップ、
ワトー画
アントワーヌワトー男性の作品。

他にパグ犬と散歩しているものもある。
動物を描いたものが多い。
プラークとよばれる壁面装飾を復活させたのが、
Heinz Wernerハインツワーナー。
とても勉強になった素敵なマイセンサロンでした♪
ハインツ教授の活躍ぶり、
ブルーオニオン~現代マイセンをご紹介しています。
元キャビンアテンダントと英語を交えてクッキング
味噌ソムリエみほ