サムネイル

本日もご訪問

ありがとうございます

ルルです

 

 

 TODAY'S
 
旅の思い出

 

 

 

 

鹿児島1日目

 

11月13日(火)

JAL便で正午頃 鹿児島に着く

ソラリア西鉄ホテル鹿児島に宿泊

 

 

鹿児島中央駅から徒歩圏

空港リムジンの停留所が

ホテルに直結してすごく便利。

 

 

鹿児島2日目

 

11月14日(水)

伯母S、いとこ達と〇十年ぶり再会 

母方のお墓参り。

 

 

旅のメインイベント

 

 

昼食後 みんな一緒に 

介護施設に入所している

伯母Mと面会へ

 

母は実姉である伯母Mと

 元気なうちに会えるのは

今しかないと思い立ち

今回の旅を計画しました。

とはいえ

伯母は認知症を患ってて

私達のことが分かるかしら?

と不安がのこりました。

 

案の定 伯母は

突然の面会にびっくりして

誰が誰か最初は

わからなかったみたい。

けれど

段々 記憶が蘇り

やっと状況が分かり

感極まって泣き始めました。

会いに来た私達の気持ちに

必死に応えようとしながら

頭の中が混乱している様子。

「わたし 頭がばかになっちゃって

ごめんね・・・

年は取りたくないけれど

年を取っちゃった」

 

老いて自分が壊れていくのが

情けなく悲しいのね。

その切ない思いで

こちらも涙をこらえきれない。

 

思い切って面会に行き

親族の絆を確かめられ

本当に良かった。

宝物みたいな時間

ありがとう

 

 

 

鹿児島3日目

 

11月15日(水)

午前中 市内の歴史散歩へ

 

西郷隆盛邸宅跡

 

 

鹿児島市 

維新ふるさと館前の南州橋

 

 

西郷隆盛・従道誕生地

 

 

 

 

 

 

薩摩藩内の士族の子息内で

郷中(ごじゅう)教育が行われていた。


 

年上が年下の教育係として

しつけや体力づくりを

担っていた。

西郷隆盛と大久保利通は

同じ郷中でお互いに

年下の指南役として

後輩を育てていた。

 

その人脈が後の明治維新に

活かされていったのです。

 

 

 

 

さらに迷いながら散策

 

鹿児島カテドラル

ザビエル記念聖堂

 

 

 

聖堂内は

赤と青のステンドグラスが

対面しています。

太陽の光を受けて

パイプオルガン側は真っ赤

説教席は青に染まっています。

赤は殉教で流した血と情熱

青は大海原と祈りを

表しているそう。

 

 

1549年フランシスコ ザビエルが

種子島に到着して

カトリックの布教が

始まりましたが

鹿児島で

隠れキリシタンの悲劇は

ほとんど聞いたことありません。

何故なんだろう?と

ふと思いました。

 

受付の方によると

鹿児島は仏教勢力が強くて

キリスト教は広がらなかった。

むしろ

維新後の廃仏毀釈が激しく

ほとんどの寺院の文化財が

損なわれてしまった。

鹿児島県内は重要文化財が

ほとんど残っていないは

そのためなのです。

 

 

 

自分の生まれ故郷 鹿児島

 

その歴史的背景を

駆け足でたどり

あらためて

ふるさとを誇りに思う

良い旅でした。

 

 

 

鹿児島中央駅のイルミネーション

薩摩切子がモチーフ

 

 

 

 

 新鮮な海の幸

お刺身が美味しかった!

母の老いを改めて感じ

もっと優しくしなきゃと

思うんだけどね・・・

つい私の語気が強くなると

母はわざと反抗的になり
親子喧嘩が始まる。
ごめんね お母さん
自分の家に帰宅してから
かなり心が痛むのよ。
 

 

おまけ

自分用にお土産

 

鹿児島ラーメン

定番のボンタンアメや平六餅アメ

かつおの腹皮 缶詰

鰻肝の佃煮

吞兵衛らしいラインナップ

 

大人なので最近は

焼酎をたしなむようにしてます

うーむ 

やっぱりビールが好き

 
 
 

 

 

 

 

 

長い文章を

最後までお読みいただき

ありがとうございました。